へいこうのせかい

□流行りにのって? 乙ゲー世界に転生してみた!〜吉田圭介の災難〜
1ページ/23ページ


  §  1  §


 いつも通りの昼休み……の、はずだったんだけどなあ。

「……失望させられたよ、リンスター」

 高い天井。聖堂の薔薇窓を思わせる大きな嵌め殺しの模様窓からは、天使の梯子よろしく秋の澄んだ陽射しが厳かに降りそそいでいる。

 食堂から出れば、そこは不死鳥とヒイラギの壁飾りが見守る校舎本館の広々とした美しいエントランスホールだ。食事を終えた生徒が次々と通りかかっては、おれと対峙する、普段は穏やかなアラン殿下の険しい顔に驚いた様子で足を止め、遠巻きにした。

「君には貴族の誇りはないのか?」

 突然呼び止められたと思ったら、これか。あるわけないだろ、そんなもん……と言えたらよかったんだけど、残念ながらそうはいかない。何しろおれはランズエンド公爵子息にして、このバーネット王国に十人しかいない「五国儀礼」を修めた儀礼師範 、その上「祝書」の創始者としても名を馳せる書家、リンスター男爵エセルバート・ケイ・シンクレアだ。

(……これで貴族の誇りなんかあるわけないとか言ったら無責任極まりないよな)

 生まれて此の方十六年、次男‐スペア‐ですらない三男だけど「貴族の子供」っていう生得権のお陰で食うに困らず、あまつさえ高い教育を受けさせてもらってきたんだ。その結果に一代貴族に叙爵されたんだから、さすがに気が咎めるよ。

 栗色の髪に緑の瞳。王子様らしく三人のご学友を従える、絵に描いたようなイケメンαに、おれは優美かつ完璧な所作で一礼した。

 それだけで場の緊張を忘れたように、ほう……と、うっとりした吐息がそちこちからこぼれる。

 波打つプラチナブロンド、長い睫毛に縁取られた宝石みたいな青い瞳、陶器みたいな膚―――自慢じゃないけど、家族が「天使!」と溺愛してやまないおれの見目も相当なもんで。こういう反応にもさすがに慣れたよ。それより、

「畏れながら、殿下」

 と切り出した自分の子供じみた声の高さには未だにどうにも慣れなかったけど……まあ、とにかく今は我慢だ。

「誇りを持たぬ者は、この学院に入学すらできません。何故ならこの制服に見るように、私たち学院の生徒は臣民として王国に尽くすと誓いを立てこの学び舎の門をくぐったからです」

 簡素な白い立ち襟シャツと鬱金色のクラバット、黒いローブは下吏の制服だった。これに校章のブローチを着けて王立学院の制服とされている。

「このバーネットの貴族とその子女とは、すなわち至尊の陛下に忠誠を尽くし、与り賜った領と領民の安寧を以て王国の礎とし、賢くも気高き五国同盟という盾を以て三百余年に亘る戦禍なき共栄をこの先も末永く守り参らする者」

 そっと顔を上げ、おれはきれいな眉を怒らせるアラン殿下におっとりと微笑みかけた。

「その矜持を持って集まったのが、この学院の生徒です。そして私自身、その矜持がなければこの共栄のために先人が編み上げた五国儀礼を修めることなどできなかったでしょう」

「っ……」

 殿下の顔が引き攣る。何しろ同盟五ヶ国の王族にとって先祖の最大の遺産、「同盟による平和‐パクス・ソキオルム‐」と呼ばれる三百年の外交の歩みはとてつもなく重い。

 ……まあ、つまり。三百年より前、大陸の西側三分の一を占めるこの辺りの五つの国は、とんでもなく荒れた戦乱の世だったわけだ。

 疲弊しきった国民と国土を前に、五ヶ国は自国の文化を守りつつ、しかし外交のために互いに譲り合って共通の社交儀礼‐プロトコル‐を作り上げる決意をした。

 そして出来上がったのが「五国儀礼典範」。

『他国の宗教、文化を努々貶むるなかれ』

 と始まる前文は、互いを尊重し合うことの重要性をそれはそれは端的に表していると思う。

(ものっすごく当たり前のコトなんだけどなー)

 今さら過ぎるだろ、と感じるのは、おれ―――エセルバートの「中の人」が日本人だからなんだろうな。

 そう。この華やかできらきらしい西洋人な見た目とは裏腹に、おれの自我は吉田圭介っていう三十二才の平凡な日本人なんだ。




*流行りにのって?
  乙ゲー世界に転生してみた!*

       〜吉田圭介の災難〜



 バーネット王国ランズエンド地方の領主の三男エセルバートとして生まれたおれが、吉田圭介としての自我に目覚めたのはエセルが四歳の夏。マナーハウスから避暑のために訪れた領内の湖沼地帯でのこと。

 幼児の上とにかく可愛いって溺愛されてたから、この頃のエセルはとんでもなく甘ったれでワガママなクソガキだったんだけど。

 十四歳の長兄ギルバート、十歳の次兄ヒューバートと三人でコテージの目の前の湖にボートを浮かべていた時にやらかした。

「エセル!!」

 って叫んだのはギルだったか、ヒューだったか。

 さんざん「立つな」って言われてたのに、エセルは勢いよく立ち上がった上に、なんと飛び跳ねやがったんだよ。

 言うまでもなく、ボートはひっくり返って兄弟は湖面に投げ出された。

 掴むものなんかあるわけないのに青い青い空に向かって手を伸ばした時、可笑しな既視感を覚えて―――思い出したんだよな。

 二十歳の夏、企業訪問のアポ、地下鉄の階段、もうすぐ目の前に現れるはずのギラギラ眩しいビル街、上るおれとすれ違う、乗車を急いで下る人波。

 ドン! って。駆け下りる誰かがおれの肩にぶつかった。

 ちょうどステップから足を上げたタイミングだったのが運の尽き。

 あっと言う間もなく、おれは後ろ向きに地下鉄の長い階段を落っこちた。

 そして。

 ドボン! と水に呑まれて我に返った。

(ぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!?)

 ヤバい、死ぬ! 着衣泳やったのなんか何年前だ!? 十年くらい!? てか、四歳だよ!? 生まれてないよ!? …とか思ってる時点で現状の認識と過去の記憶が混濁してて完全にパニクってるわけなんだけど。

(待て! おれ、泳げるじゃん!!)

 ……おれ―――吉田圭介が勝った瞬間だったね。

 暴れるのをやめたら、簡単に明るい湖面が目に入って。苦しくはあったけど、おれはホッとして泳いで上がった。

 助けに潜ったギルがそれ見て目を剥いてたけど……そこはまあ後々「終わりよければすべてよし」ってことで、追及されることもなくお手打ちになったよ。

 とは言っても、四歳児の脳ミソと体には大変な負担のかかった出来事で。使用人たちに助け上げられた途端、おれは疲労でぶっ倒れて熱を出した。

 そして数日後、すっかり熱が引いた時には、どうやら異世界に転生したらしい現状を受け入れていた。

 ……………幾つかのことを除いては。

(だってここ、「五国物語」の世界じゃん!)

 何で乙女ゲーム!? おれはやってないし! それ、ちーだしぃぃぃぃぃ!

 なら何で知ってるんだって言われると人気ゲームだったからなんだけど、その「ちー」こと千和子、つまり前世のおれの妹がこのゲームにどハマりしてやり込んだ挙げ句、隠しキャラも含めた全ルートを攻略して分析、それをファンサイト作ってアップしてたんだよね。

 ちー、ファンから神扱いだったな………サイト作成、全部おれに丸投げだったくせに。

「だって、あたしパソコン持ってないもん」

 とか言われて、いいように使われてたお兄ちゃんは、お陰でキャラからストーリーからやたらと詳しくなっちゃったよ……。

 その結果がこれって、どうなんだろうか。

 きっと、日本で階段から落ちたおれはお陀仏だったろうから、両親もちーも泣いてるんだろうけど。おれ自身には死んだ自覚はない。もちろん、逆縁の不幸を申し訳なく思う気持ちも二度とは会えない寂しさもある。だけど自我が生きてる以上は、例え仮想世界であろうと、どんなに違和感があろうと、この世界で、この小さな体から人生をやり直さなきゃだ。

(でも、何でエセルバート・シンクレアなんだよぉぉぉ!?)

 見た目は天使でも甘ったれの自己中お坊ちゃんじゃんか! しかもヒロインと攻略対象の間に割り込むヨコヤリ! それもΩ! 選りにも選って王子様たちをめぐってヒロインに意地悪する悪役令息だよ!!

(せっかくβに確定してホッとした三年後にこれって……)

 生まれ変わったのに本格的に対極の性別に悩むの確定とか、ホント切ない……。

(まあ、抑制剤もあるし、バースも保護されてるけどさ)

 なにぶん、日本のゲームメーカーが作ったソフトの世界だからさ。ありがたいことにバースに配慮したリアルの社会システムをある程度反映してるんだよな。

 そのせいか、中世ヨーロッパ風の時代設定との齟齬を「魔法」とか「魔力」でカバーしてるところがあって、如何にも乙女ゲーム! って世界なんだ。

 そんな世界でこのバーネット王国の第二王子アラン殿下を筆頭に、同盟各国からの留学生として王立学院に在籍する王族のイケメンαたちと親密になって、やがて彼らの恋人からお妃になるヒロインは、稀少な「光属性」の魔力の持ち主。出身地ソーントンの領主を後見人に学院の魔導学科に編入してくる平民の女の子だ。

 ……で。おれは全ルートでそんなヒロインの前に立ち塞がる悪役令息なわけなんだけど。

 ノーマルエンドで学院追放。バッドエンドだった場合も王子様たちと結婚まっしぐらとか、今のおれには回避必至の事態だってのに。

 トゥルーエンドを迎えた場合はさらなる破滅が待っている。

 ルートによっては終生蟄居や修道院送りで済むけど、ヒキガエルみたいなオッサン貴族と強制結婚させられたり、妾も子供もわんさかいる豪族のハーレムに入れられたり、なんて。

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ