やさしいせかい

□*don't disturb us,we are loving!*
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 逢えた日には、当たり前に夫婦みたいな時間を過ごしてるのに。僕らはまだ番契約どころか、恋人として体を繋げてすらいない。

 僕っていう主人格が感じた幸福と実情とのギャップに、Ωとしての本能が耐えかねたのかも知れない。

「−−−まあ、何にしても元気になってよかったね〜」

「中間テストにもギリギリ間に合ったしねー」

 久々に教室に入ると、苦笑いしながら矢島と田中、そして吉田が迎えてくれた。

 だってさ。

「…追試だけは免れたいよ……」

 登校再開初日がテストの初日とか涙が出そうだ…。

 僕の入院期間は約二週間。その間、毎日タカ・マサが授業のノートと各教科の先生が作ってくれたテスト対策のプリントとを届けてくれてたんだけど。

 何しろ前半はヒートだったしね。衣擦れ一つが辛い情況で勉強に集中しろとか何の修行か…。樹も早く帰れた日には教えてくれたりもしたけどさ。

(ヒート中に隣に番がいてやることが勉強って、いったいどんな拷問だよ!?)

 いや、もちろんそれだけじゃなかったけどね!? でも後半、生理が始まったら始まったで今までになく重くて点滴のお世話になるし…!

 来る途中、さんざんエロ話と紙一重の僕の泣き言を聞かされたタカ・マサは、何ともビミョーな顔でだんまりを決め込んでる。

「まあ、今日から放課後は補習だろ? おれも便乗させてもらうし」

 ドンマイって、吉田に肩を叩かれた。相変わらず気遣いのできる男だよな、吉田…。

 なのに。

「撮影秘話とか早く聞きたいけど、とりあえずテスト終わるまで封印だね〜」

「じゃあ、王子にはホントに追試回避してもらわないとだわ」

「お前ら鬼か…」

 矢島と田中が小声でこっそりプレッシャーをかけてきて、僕はガックリ項垂れた。…まあ、ある意味これがこいつらのいいトコロなんだけどさ。

 こんな僕らを見て、周りのクラスメートが微笑ましげに笑ってた。

 三年生に進級して一ヶ月とちょっと。新しいクラスの連中も、事あるごとに僕らが集まる現象には慣れたみたいだ。

 ……そう、予想はしてたけど。僕ら六人は、また同じクラスになった。

「これはもう、学校側からの無言のお達しだよねー…」

 補習も終わった帰り道、僕は付き合いのいい吉田を見て溜め息を吐いた。

「俺らは予定調和だけどな」

「だな」

 当たり前みたいにマサが言えば、これまた当たり前みたいにタカが頷く。…確かに、お前らは年季が違うからね。

 とは言え。

 僕の世話をしろ、と。馴染んでる奴らが大学進学組じゃないのをいいことに、問答無用で押しつけるってどうなんだろう…。

「あはは。おれは仲好い奴らがいて、よけいな気を遣わなくてすむから全然気にならないけど。…あ。でも、わたぬんからは『今年もよろしく』って言われたな」

「一応の断りはあったんだ…」

「うん。始業日に生活指導のプリント取りに行った時」

「って、ついでかよ」

「信頼と取るか利用と取るか、ビミョーなところだな…」

 何しろ、渋い顔のマサとタカの言い種にもケタケタ笑ってるこの吉田は、今年も級長に推されて快く引き受けた男だからなあ……。

「人が好いのか、肚が太いのか」

『ふふふ、きっと後者だよ。ケースケは落ち着いた子だから。それに忙しくはあるけど、クラス委員をやることは彼にも決してマイナスなことじゃないだろう?』

 いつもの電話。いい加減テスト勉強にも飽きた頃、まるで見計らったみたいに樹は僕のスマートフォンを鳴らした。

 四月のクラス替えで、僕が吉田や田中、矢島とまたクラスメートになったことを誰より喜んだのって、実は樹だったんだよね。

「ああ、よかった…ホッとしたよ。何しろ彼らは、学校でのお前のシスターフッドだからね。すぐそばにいてくれると思うと、本当に心強いよ」

 そう言った時の、力の抜けきったユルユルの顔ったらなかった。…どんだけ心配なんだよ? って思わないでもないけど。

 今年は去年までと比べたら、格段に海外の仕事が増えてる。ただでさえ普段からあんまりそばにはいられない彼にとって、タカ・マサはもちろん、僕が学校で親しい友達に囲まれてるってことは、番のαとしてとっても重要なことだ。

『…ところで、ハル。ちょっとお前に承知してほしいことがあるんだ』

「うん?」

 そんな「疑惑のクラス替え」を蒸し返すことから始まって、僕の入院で行かれなかった仮縫いのこと、休んじゃった入信講座のこと。今後、予定を組み直す必要のあることや神父さんに相談が必要なことなんかを一通り話してから、樹はあらたまって切り出した。

『お前に、ヴァレットをつけようと思う』

「は?」

 ヴァレット?

「ええええぇぇぇぇ!?」

『んん? そんなに驚くことじゃないだろう?』

「いや、驚くでしょ!?」

 だってヴァレットって、執事並みの従者だよ? 普通の高校生に従者って−−−

「…あ」

『うん。本家の壮介が、いつも真純についてるだろう? あと、俺のマネージャーの桧山さんとか。あんな感じをイメージしたら解りやすいかな』

 実はヴァレット的存在が身近にいたことに気づいて短く声を上げれば、電話の向こうからクツクツ喉で笑うのが聞こえた。

『もちろん今すぐにってわけじゃない。来年二月、お前がウチに越してきてからだよ』

 そう。二月に入れば、三年生は自由登校に入る。それを機に、僕は生活の拠点を広尾のこの家から、御苑の樹のマンションに移すことになってるんだ。

『近々、紹介所に問い合わせようと思っててね。ある程度絞ったら、お前も交えて面接するから。どうか、承知しておくれ』

「…うん」

 卒業したら、タカ・マサとは進路が分かれる。結婚すれば、樹の代理として僕だけで社交の場に出ることだってあるだろう。

 いつまでも、気心知れた人たちと一緒にいられるわけじゃない。

「ありがと、樹。これで、卒業してからも安心して出歩けるよ」

『前向きに受け取ってもらえてよかった』

「んー。だって僕、タカ・マサ抜きで友達と出かけたことなんてΩ確定以来皆無だからね。ご近所以外を一人で歩くのなんか、あなたの家か祥さんのお店までしかないよ? こんな僕が、いきなり知らない人ばっかりの学校に行くんだし。友達付き合いだって、今までとは全然違ってくるだろうし。四六時中一緒ってわけじゃなくても、僕の行動を把握して対応してくれる人ができるのは素直にありがたいよ」

『ハル…』

「閉ざしたつもりはないけど、僕の世界がとっても狭いってことはちゃんと知ってる」

 優しい人たちに囲まれて、凄く居心地はいいけどね。でも、この先社会に出ることを考えたら、このままじゃダメだ。

『…怖いかい?』

「正直、ハラハラするよ。だけど、あなたはこうして僕の世界を広げるためのチャンスをくれる。その助けを拒む理由は僕にはないよ。…だって、僕はあなたと生きていきたい。あなたとじゃなきゃ、生きてはいけないんだ」

 だから。幾重にも守られてきた子供の世界からは、一歩踏み出さなきゃ。

 でもそれは、今までの守り手を拒むことでも切り捨てることでもない。

 いつでも受け止めてくれると知ってるから、巣立つことができるんだって−−−そう。巣立ちは、守り手への感謝と信頼の証だと思う。

 電話の向こうから、穏やかな吐息が聞こえた。

『うん。お前は独りじゃないよ…独りになるわけじゃない』

「知ってる」

 今だって僕は小笠原と相澤、二つの群に属してる。巣立っても、この関係が切れることはない。

 その上で、これからは他の誰よりも近い立場で僕の行く先々にあるはずの新しい出会いや体験に、樹が寄り添ってくれるんだ。

「…樹」

『うん?』

「幾久しくお可愛がり下さい?」

『〜〜〜〜〜〜〜当たり前だよ! て言うか、何で疑問形!?』

 嬉しくて。でも照れくさくて道化た僕の口振りに、樹が噛みつく。もちろん本気で怒ってるわけでも拗ねてるわけでもないから、すぐに二人して笑い出しちゃったけどね。

「えへへ。今から夏休みが楽しみだな」

『ふふふ、俺もだよ』

 卒業を控えた二月には、僕は御苑のマンションに移るわけだけど。その前に生活時間が不規則な樹と、慣らしのために少しの間一緒に暮らすことになってるんだ。

 それが、彼にとってはショーの端境期となる夏休み。

『ハル』

「ん?」

『もう少しだけ待っていておくれ。夏には…ちゃんとお前を愛してあげられるから』

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜うん…」

 そう。入院中にバース科の先生からもらったアドバイスに従って、僕らは夏休み中にやってくる僕のヒートに合わせて初めて体を繋げることになる。

「………嬉しい…」

 込み上げる喜悦に胸が一杯になる。押し出されるようにこぼれた呟きはまるで溜め息みたいで。俺もだよって言う樹の穏やかな声に熱くなった目頭を押さえると、それでも堪えかねた僕の体は、小波が寄せるみたいに裡から震えたんだった。

  ‡  ‡  ‡

 年があらたまるなり結婚に向けて色々なことが具体的に動き始めたのとは別に、僕の狭い世界でも今までとはちょっと違った動きがあった。

 
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