やさしいせかい

□*don't disturb us,we are loving!*
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「ハルっ…!」

 バッターン! って。重たいスライドドアがもの凄い勢いで開くなり、僕は紅茶色の目を真っ赤に泣き腫らした樹にぎゅうっと抱きしめられた。

「ふあ!? いつき、どし、たのっ…!?」

「どしたの、じゃないよっ!」

「ふえぇ!? なんで、きれる、の!?」

 だって僕ならともかく、αのあなたが泣いてたらビックリするよね!?

「う…うう〜…ごめんよ、ハル…! 俺のせいで、辛かったねっ…」

 …なるほど。

「いつき…なか、ないで? ぼく、もう、だいじょぶ、だよ? あなたの、せい、なんかじゃ、ない、よ?」

「ハル〜…」

 広い背中を抱き返して宥めると、僕の番はいつになく弱々しい風情で縋りつく。…うん。あなたもビックリしたんだね。

 ヘッドボードに立てかけた枕に背中を預け、僕はできるだけゆったりした仕種で弱ってる恋人を抱きしめた。

 そう。GW明けの今、僕は広いベッドの上にいる。病院の−−−それも、バース科Ω病棟の。

 連休中から続くいい天気に、窓の外はきれいな夕焼けが広がってる。Ω病棟は全部個室で、狭い部屋は窓際からベッドの足許まで薄くオレンジ色に染まってた。

 僕が救急車で運び込まれたのは朝早く。

 父さんと母さんが生花市場に出かけたのに部屋から出てこない僕を起こしにきた桃ネェが、激しいヒートを起こしてる僕を見つけて救急車を呼んでくれたらしい。

 ………………………正気に戻った今、ハッキリ言って居たたまれないんだけど。

「ちょっと、トト。ご近所迷惑だからドアの開け閉ては静かにしなさいよ」

 樹のあとにプンスコしながら入ってきた桃ネェは完ペキにお姉ちゃんモードで、そんな弟のビミョーな心境なんかお構いなしだ。

「それにしても…」

 僕の肩に顔を埋めたまま「ごめんなさい、モモ…」って力なく謝る彼に、静かにドアを閉めながら溜め息を吐く。

「あんだけお泊まりだイチャイチャだしておきながら、まさかまだ処女だっただなんてねー…」

 ぎゃあぁ! やーめーてー!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 呆れてガックリ項垂れる桃ネェとは逆に、僕は天井を仰いで悶絶したよ…。

 だけど。

 この時、バッと樹が身を起こした。

「なに言ってるの、モモ! 俺がそんなに簡単に十代の子に手を出すと思ってるのかい!?」

「すでにしてアンアン言わせてるくせに紳士振るんじゃないわよ、このエロαめが」

「う…」

「そのくせハンパに寸止めとか、何やってんだか。いっそのことヤっちゃってれば、今日みたいなことにはならなかったのに」

「ううぅ…」

 …うん。反論の余地なしだね。

「用心は当たり前だけど。あんたらはちゃんと要件満たして、さらに婚約までしてるんだから問題なんかないでしょーが」

 バッサリ。

 …いや、もう、我が姉ながらホント容赦なく斬ってくれるよねー……。

「ったく。エロくてヘタレとかしょーもないαよね。…ちょっとハル」

 樹を睨んでた桃ネェが、不意に僕へと視線を投げて、すっごい悪い顔で笑った。

「あんまり煮え切らないようなら、いっそこの男で童貞の方を卒業しちゃうとかどうよ?」

「はっ…!?」

 ビクウッ! と、僕を抱いてる広い肩が跳ねる。そりゃそうだ……。

「…ももね、おねがい、だから、それ、だけは、いわないで、あげて……」

 Ωにボトムにされるとか。αのプライドずたぼろな上に恐怖以外の何物でもないだろ…。

 青ざめちゃった番をあらためて抱きしめて、僕はお冠の桃ネェにようようそれだけ言ってとりなした。

 ……まあ、つまりはそういうこと。

 前回のヒートは順当に三月にきた。だから次のヒートは六月のはずだったんだけど。

 この通り、GWが明けるなり、僕は一ヶ月も早く、それも入院するほど発作的で激しいヒートに襲われた。

 原因は、僕たち二人の間のあの決めごとだ。

 −−−僕の卒業まで、セックスは成立させない。

 万一妊娠した場合、学校っていう狭い社会では僕の立場が脅かされる可能性もある。

 日本の性的同意年齢って、実は十三歳らしい。ただし、児童福祉関連諸法との兼ね合いで十八歳が一般的な認識になってる。

 国際バース機構が定めたガイドラインでは、αとΩは十六歳から番契約を結べることになってて、もちろんこれを批准してる日本でも特例として法的に認められてることだった。

 とは言っても、未成年での性交渉が推奨されるわけもない。

 他の生徒の手前、控えてほしいっていう学校側の意向と、樹の僕への思いやりとが合致したこと、僕も十分に納得した上で決めたこと、だったんだけどね…。

「おめがは、なっとく、できなかった、みたい…」

「うん。ドクターにめちゃくちゃ叱られたよ……」

「う、わ…」

 ちょっと厳つい顔の主治医の先生を思い浮かべて、竦み上がる。樹が泣き腫らしたのも頷けるよ…。

 そんな彼と一緒に先生の話を聞いてくれた桃ネェは、実情を知って呆れるやら情けないやらって感じだったのかな。

 一頻り樹をぶった斬ると、

「じゃあ、あとのケアは頼んだわよ」

 って。僕を丸投げして帰って行った。…仕事、休ませちゃったなぁ。

 明らかに尋常じゃなく盛ってる弟に、凄くビックリして−−−心配してくれたはずなんだ。

「ももねぇが、いじわる、いって、ごめん、ね? でも、いっぱい、しんぱい、した、うらがえし、だから」

 部屋は狭いのにベッドが広いのは、番と寛ぐためらしい。撮影スタジオから直接きてくれた樹は、幸いスーツじゃなくて。ジャケットと靴を脱いでラフなシャツとスキニーパンツになると、ベッドに上がって僕を背中から抱きしめた。

「解ってるよ」

 ちょっと苦笑いの混じった優しい声が耳許で言って、白い頬が僕の髪にすり寄る。

「ふふ。でも、さすがはハルのお姉さんだよね。ぶった斬り方がそっくりだ」

「ええぇぇ…」

 僕、あそこまでキツくないと思うけどなぁ…。

 むうっと口を尖らせた僕を笑うと、樹の腕に弛く力がこもる。

「一度家に帰って支度をしてから、あとでまた来るよ」

「また?」

「うん。今日は緊急薬が効いてるけど、明日以降はまたいつものヒートと同じ状態になるだろう? お前の入院中は、夜はここに帰ってくるよ」

「へ!?」

 いや、確かにΩ病棟の部屋は番の付き添いOKだし、だからトイレの他に小さいながらシャワー室、そして番用のロッカーがあるけど。

 思わず勢いよく体ごと振り向けば、ちゅ、と軽くキスが降ってきた。

「仕事のことなら心配しなくていい。キャンセルは難しいけど、調整はできる。どんな契約にも、αが関われば必ず番についての免責事項が付帯するんだ。…苦しい時、お前は俺にどうしてほしいか、言っていいんだよ」

 番に何事かあれば、如何なαでも平静ではいられない。バース保護っていうのは、常にαとΩを対として考えられているらしい。

 なら。

「………そばに、いて…?」

「仰せの通りに、王子様」

 まだ赤い目のまま嬉しそうに微笑むと、美しい番はあらためて僕を抱きしめた。



*don't disturb us,
     we are loving!*




 −−−明るいリビング、ご機嫌のまりや、はたしてこれは仕事モードの顔なのかな? って首を傾げたくなるほど柔らかく微笑う樹。

 初めこそちょっと緊張したけど、すっかり和んだ挙げ句に寝た振りするつもりがホントに寝落ちるっていうオチをつけて終わった、JVOのPRフィルムの撮影。

「うーわー、恥ずかしー…」

「いえいえ、寛いだ様子がとてもよかったですよ。この度は本当にご出演ありがとうございました」

 監督さんの「カット!」の声にハッと目を覚ました僕は、途端に沸いた笑い声でやらかしたことを悟った。

「ね。いい画が撮れたでしょ?」

 そんな僕とは裏腹に、樹はウィンクを飛ばしてどこか得意気で。六浦さんは「ええ、プロデュースありがとうございました」ってダンディな笑顔で会釈する。

 …確かに寛ぎやすい撮影だったよ。なんたって、御苑のマンションのリビングだからね。

 企画では最初、普通にどこかの撮影スタジオを借りる予定だったらしい。

 でも、僕はズブの素人だし。まりやも知らない場所で、知らない人たちがたくさんいる中ではいつもみたいに陽気でいられるとは限らない。

 そこで、僕とまりやが一番安心できる場所として、樹が自宅での撮影を提案してくれたんだって。

 PRフィルムはロングバージョン二編、ショートバージョン一編。

 初日にキッチンで実際に料理するところから始まって、これでだいぶリラックスできた。お陰で翌日のリビングでの撮影では気が弛みすぎたってわけだ。

 でも。

 その場で見せてもらったラッシュは、自分でも意外なくらい普段の僕らの日常の一コマで−−−凄く幸せな家庭の光景だった。

 何だか、今の自分たちが実はとっくに未来を先取りしてたみたいな映像に、堪らなく嬉しくて照れくさくなったんだ。

 ……これも拍車をかけたのかな。

 
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