やさしいせかい
□*strong>tough>bold,but not weak*
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パチン! とウィンクを飛ばす辺り、彼も僕と支配人さんの思惑に気づいたらしい。
ハッキリ言って、贈られる僕より、贈る側の樹の方にこそ必要だからね、指環!
「じゃあ、サイズを測ってもらおう。…支配人、指環は裏にメッセージを刻印できる?」
「短いものでしたら。特に小笠原様はお手が小さく指も細くていらっしゃいますので」
「ああ…こんなところで可愛らしさが裏目に……」
「…喜んでいいのかビミョーな誉め言葉だよね、それ」
僕の身長は一六〇センチにちょっと足りない。
(どうせ色々と子供サイズだよ、僕はっ)
内心でぶすくれたものの。幸い既製のサイズを下回ることはなくて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
−−−その後は、忘れてた疲労感がどっと押し寄せてきた。
「ふふふ。今日のお前、ちょっとテンション高かったよね」
帰り道。丁寧にハンドルをとりながら樹が小さく笑う。僕は助手席にぐったり沈んでた。
「んー…だって、嬉しかったし……」
「でも背伸びしすぎない言葉遣いもよかったし、姿勢も美しくて素敵だったよ。さすがはお店の子」
「ふふふふふ。そこは年季が入ってるからね」
「お疲れ様。緊張したね」
「うん…」
「今日は広尾に送っていくつもりだったけど…制服もあるし、教科書の心配がなければもう一晩泊まっておいで。明日は俺も朝から事務所に顔出すし、学校まで送るよ」
「ん…ありがと。でも裏門に着けて。派手に登校したらわたぬんに叱られる……」
「んーもどかしいなあ」
「じゃあ、正面に着ける? 僕は別に叱られても騒がれても構わないよ……?」
「…裏門にするよ」
僕の立場を一番に考えてる彼には、ちょっと意地悪だったかな。チラッと横目に恨めしそうな視線をくれた樹に「ごめんね」って言えば、彼はすぐに尖らせた口許を弛めてきれいに微笑った。
だから、翌朝は騒がれることもなく登校したんだけど。
「王子!!」
教室に入るなり、僕を見つけた矢島がすっとんきょうな声を張り上げた。…田中と矢島が呼ぶから、最近は僕のあだ名が「王子」で定着しつつある。男子からも普通に呼ばれるよ。なんかフクザツ……。
「おはよ、矢島。何かあった?」
「あったって言うかさ…去日、王子ってば銀座にいたよね?」
苦笑いで挨拶した僕は、その瞬間固まった。それでもこっそり声をひそめてくれた辺りは、女子ならではの気遣い、なのかな…?
「あー…うん、いたね」
「スパダリ、外国人だったんだ……さすがα、めっちゃ格好いい人だね。王子も凄いオシャレでなんかリアル王子だったよ」
「そ…そう?」
「そうだよー。あたし、お母さんとあのホテルのスイーツビュッフェに行ってたんだけどさ。ロビーで見かけてビックリしたっ。お母さんなんか目がハートになっちゃうし。小柄な方はクラスメートだよって言ったら『何で高校は授業参観がないの』だって。ハイソな感じでめっちゃ目立ってた。他のお客さんもすっごい見てたよ。デートだった? あそこのレストラン定評あるよねっ」
…って。小声のマシンガントークって器用だね!?
(…そっか)
あそこで見られてたんだ…。
「いや…まあ、デートには違いないけど。ホテルには車を預けただけ。近くに指環見に行ってたんだ」
「はわわ…」
矢島の顔が、真っ赤になる。
「あの近くって…」
いっそう声がひそまった辺り、どのブランドか察したらしい。
「プライベートルーム、凄くきれいな部屋で緊張した」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
遠回しに肯定してみたけど通じたみたいだ。感極まった感じで息を呑んでから、矢島は小さな声で「おめでとう…!」って言ってくれたよ。
樹と僕とはお互いにプロポーズしあってて、実質的にはとっくに婚約者だったけど。指環の手配するって、やっぱり「確約」って印象があるよね。
「で、指環の受け取りっていつだ?」
昼休み。ひっつけた机でお弁当を食べながら、めずらしくタカヒロからこの手の話題に口を開いた。
「んー? 今、時期的に混んでるらしくてさ。できるのは六月半ば。だけど、受け取りに行けるのは…下旬か七月頭かなぁ」
「相変わらず忙しいヤローだな、トトも」
パックのオレンジジュースを啜りながら、マサムネが呆れた顔でこぼす。と、タカヒロが思案げに顎を撫でた。
「つまり、そこでやっと成立ってことか」
「まあ、対外的にはそうなるよね」
正直、じれったいけど仕方ない。
「でも、それがどうかした?」
「いや、義姉さんがな」
「うん?」
「兄貴と結婚する時に式挙げてほしい教会があったらしいんだが、信徒じゃないから二人揃って勉強会に通わなきゃならなくて諦めたって言っててな」
「ああ、町中の教会堂だとみんなそうみたいだね。カトリックだと特に厳しいみたい」
結婚式場のチャペルでお式を挙げてくれるのは、ほとんどがプロテスタントの牧師さんらしいよ。
「へーえ」
って感心したマサムネが、首を大きく横に倒した。
「…トトの奴、クリスチャンとか言ってなかったか?」
「うん、カトリック信徒だよ」
「いや、それ訊いてんじゃねえっつーの」
だよね。
「僕が入信することにした」
「……マジか…」
「………」
マサもタカも、ちょっと唖然とした感じだ。日本人の曖昧で弛い宗教観に慣れてると、確かに大きな決断だと思う。
「去年、クリスマスのミサに連れてってもらったんだ。それからずっと思うところがあって。去日一昨日でトトに話した。父さんたちにはこれからだけど、反対はされないと思うよ」
「…まあ、今さらだしな」
「しかし、何と言うか、な…」
マサとタカが、何とも言えないビミョーな顔を見合わせた。
「襁褓の友…と言うか、半分きょうだいみたいなもんだと思ってるからな…」
「だよな。相手に合わせて改宗までするとか聞かされんと…」
「俺は今、妹を嫁に出す兄貴の気分だ……」
「まったくだぜ…」
…って。
「誰が妹? てか、嫁ってゆーな!」
ぶはっ! と吹き出したタカ・マサの膝に軽く蹴りを入れてやったけど。もちろんこんなのコミュニケーションの内だから、二人ともゲラゲラ笑ってる。
まあ、これがこいつらなりの祝福なんだけどね!
「くっそ〜」
愛あるイジリに怒りきれなくて、僕が歯噛みした時だ。
「ふん…」
鼻が鳴った。
「ぁあ?」
笑ってたマサムネが、切り換えも見事に凄んで三白眼をギロリと剥く。僕の背後。振り向かなくても誰がいるのか判って、思わず溜め息がもれた。剣呑な空気に気づいて、お昼ごはんを食べてる他のクラスメートの目も集まる。
「マサ。害はないから放っとけって」
「けどなっ」
「いちいち鬱陶しいのは確かだな」
もー…タカヒロまで……。
「あのさ、江口」
やれやれだ。僕は仕方なく後ろを振り返った。購買部から帰ってきたところだったらしくて、江口はレジ袋とパックの牛乳を持ってる。まさか僕が相手をするとは思ってなかったのか、ちょっと怯んだのが可笑しい。
「お前がΩ嫌いでも、それは個性だから別に僕にはどうでもいいよ。ただ、嫌いだからってそれがΩを攻撃したり蔑んだりケチをつけていい理由にはならないってことと、お前の態度が周りの人間を不愉快にしてるってことは、ちゃんと知っといた方がいいと思う」
「うるせーな。余計なお世話だ」
「僕らの会話に鼻を鳴らして割り込む方が余計だよ。僕の人生だ、関係ないお前にケチつけられる謂れは微塵もないね。だいたい、それ以前にマナーの問題だ。行儀がなってない」
「っ…」
お行儀レベルにまで落とされた江口が鼻白む。
「Ωは何を言われても泣き寝入りすると思ってた? なら、認識をあらためるんだね」
チビで童顔。大人しそうな顔してるけど、こう見えて僕は結構バッサリぶった斬る方だ。
「前はどんな弛い学校にいたか知らないけど。校則のバース関連項目、Ωが嫌いならちゃんと読んどくことを勧めるよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜そうかよっ……!」
そうだよ。バスハラは最悪で警察に通報のうえ退学なんだから当たり前だろ?
さすがに席に就く度胸はなかったのか、引きかけてた椅子を乱暴に戻して江口は教室を出ていった。
「小笠原っ」
「王子っ!」
途端、吉田と田中と矢島が駆け寄ってきたのは、日頃の馴染み具合だろう。
「ごめん、心配かけたよね」
「それもだけどっ」
「スッキリした…!」
……スッキリ?
「小笠原が何も言わないのに第三者が口挟むのもどうかと思って今までヤキモキしてたんだよ……」
田中の言葉に首を傾げると、吉田が溜め息まじりにそう言った。…なるほど。
「ああいうバカに無視決め込むのは基本だけどよ。たまにはカウンターかましたれ」
「姿勢を示す必要はある。…それと、今回のは完全にわたぬん通報事案だからな」
「解ってるよ」
マサとタカに説教されて、僕は苦笑いするしかない。……こういうところが歳下っぽいのか? 誕生日は僕が一番早いんだけどな…。
その後、五限を前に戻ってきた江口は、頑張って僕に対する無視を決め込んでた。
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