やさしいせかい

□*blinds don't fear the snake*
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「おう、ハル。俺、今日は学食なんだわ」

 四限目終了のチャイムとともに教室は一気にざわめく。数学のシマッチ(島津先生っていうんだけどね!)が退室するなり、マサムネが駆け出さんばかりに立ち上がった。

「じゃあ、席とっといてよ」

「おー。おすそわけ楽しみにしてっからな!」

「あははは。今年はブラウニーだよ、ナッツ入り」

「おっしゃー!」

 長身で三白眼、ワンレンボブの前髪を後ろで括った幼馴染みのマサムネは、ハッキリ言ってヤンキーにしか見えないけど実は真面目でいいヤツだ。

 そして、見かけによらず甘党なんだよね。

「…相変わらずだな、あいつは。あれで太らないのがいっそ不思議だ」

「全部カラテと課題で消化しちゃうんじゃないの?」

「なるほど」

 廊下にすっ飛んで行く背中を見送って、タカヒロが妙に納得する。こいつも幼馴染み。やっぱり背は高いんだけど、こっちは柔道やってるからか、ちょっとゴッツイ…っていうのは、柔道やってる人に対しての僕の思い込みかな?

 隆宏は岡田酒店の次男で正宗はブックス・スガワラのやっぱり次男、そして僕が花屋の長男だけど第二子。僕らお店の子三人組は揃ってどんぐりの背比べな成績だったお陰で、今でも同じ都立高校に通ってる。

 しかもクラスメート。

(これは学校が僕のフォローさせるために仕組んだよね、絶対……)

 入学当初にそう思ったのは、たぶん間違いじゃない。公立校にはよくあることらしいけど、何しろこの学校には現在αは一人もいないし、Ωも僕だけ。生活指導のわたぬん(綿貫先生っていうんだけどね!)は、前任校でΩの担任したことがあるからって理由で、僕の入学が決まった時点で急遽転任してきたらしいよ。

 …まあ、それくらいバース、つまり二次性別の問題はデリケートってことだね。どこの学校にも多目的トイレはもちろん、α女子専用更衣室、Ω男子専用更衣室が完備されてるくらいだし。

 僕も中学ではバース・ハラスメントとかあったけど、今のクラスはみんな親切で居心地がいいよ。

「じゃ、行くか」

 お弁当の包みを持ったタカヒロが踏み出したのを、僕は「あ、ちょっと待って」と押し止めた。

「ねえ、田中。田中はナッツ食べられる?」

「あたし? へーきだけど?」

「みんなは?」

 田中は手芸部だ。僕が訊くと、一緒にお弁当を広げ始めてた三人の女子も頷く。

「じゃあ、田中からもらって。…これ、ウチの店の人たちに作ったヤツのおすそわけ。遅くなったけどレース編みの教授料ね。その節はどうもありがとう」

「え。もしかして、さっき言ってたブラウニー? 小笠原の手作り!?」

 おお! って。何でどよめく?

「僕がお弁当自作なの知ってるよね?」

「お菓子は別だよー! わあ、ありがと、いただきます! ごちそうさま!」

 丁寧なのか横着なのか解らないお礼が可笑しくて笑ったら、

「ブックカバー、先方に喜んでもらえたって聞いて教えた甲斐があったとは思ったけどさ。小笠原、ホント呑み込み早いよね。来期からでもどうよ、手芸部?」

「いやいや、我が料理研究部なんかどう? 一緒に全国大会目指さない?」

 …勧誘された。

「あー…せっかくだけど、僕、店の手伝いがあるから部活はちょっと……」

「フラワーアレンジメントが特技とかカッコイイよねー」

「ザ・ハンドメイド王子!」

「ぶっ」

 …と吹き出したのはタカヒロだ。

「バレンタインにモテモテだな、ハル……」

「何か違うよね、それ?」

 じっとり睨んでやったけど、全っ然、効果がなかった。くそぅ……。

 −−−まあ実際、今年のバレンタインデーであるところの今日、僕はある意味モテてるんだけどさ。

「今年も美味かった!」

 誰が言ったか知らないけど、「チョコレートは麻薬」って言い得て妙だ。手が止まらなくなるらしくてさすがに普段はガマンしてるチョコレー党のマサムネが、今日ばっかりは学食のチャーハンとギョーザを完食した後スティック状に切り分けたブラウニーを四本平らげた。

 ちなみにタカヒロと僕は一本。…うん。これが普通だと思うよ。

「うっし。これで今日も張り切って店番やれるぜ」

 五限もHRも終えて昇降口に降りたマサムネの三白眼がギラリと光る。

 僕らは慣れてるけど、たまたま近くにいた級長の吉田が一瞬固まった。

「お。わりーな、吉田。お前をビビらすつもりじゃなかったんだわ」

「…いや。おれは菅原がいいヤツだって知ってる。顔は怖いけどな……」

「おー…」

 …実はマサムネのヘコみポイントなんだけどね、それ。

 幼馴染みの見た目と内実のギャップに、ちょっと切なくなった時だ。

「…あれ? 花梨じゃね?」

 靴箱の扉を開けたまま外を見るマサムネの視線を追う。と、下校するウチの生徒の波が、まるで海が割れるみたいに道を開けてた。

 そこを逆行してくる、金髪美女が一人。

「あー…うん、僕、今日は花梨ちゃんと約束してるんだよ」

「はぁあ!? トトはどーした、トトは!? バレンタインだぞ、今日! んなコトしたら、あいつ自分の妹相手にも嫉妬しまくるんじゃねーのか!?」

 樹の普段からの僕への甘々っぷりを知るだけに、マサムネが仰天して盛大に吠えた。それでも身バレ防止に気を遣ってくれる辺りがさすがなんだけど。タカヒロも、無言のまま頭が痛そうに顔をしかめる。……うん。花梨ちゃんと二人で買い物に行ったって知ったら、絶対に拗ねまくるだろうなー…。

 …でもさ。

「あの人、いま日本にいないんだよねー…」

「は?」

「兄さんは去日からお隣の国よ。…ごきげんよう、お三方」

 都内じゃ有名な三鷹の私学のエンブレムがついたコートに、モデルばりのスラリとした長身。絹糸みたいな柔らかい色の金髪は弛く波打って、樹と同じ紅茶色の瞳が長い睫毛にけぶってる。顔立ちが可愛らしいのはお母さん似だ。……性格は全然違うけど。

「迎えに来たわ。今日は付き合いなさい、ハル」

 樹の妹・相澤花梨ちゃんは、相変わらずの上から目線で艶然と宣った。



*blinds don't
      fear the snake*




 やっぱり行きたくないよー、なんて。泣き言の電話が入ったのは一昨々日の夜だ。

『何が悲しくてバレンタインデーに恋人と離れて過ごさなきゃならないんだ!』

 俺、何も悪いことしてないのに! って、樹は電話の向こうで盛大に嘆いてた。

 詳しいことは解らないんだけど。かの美容大国で去年のうちに開業するはずだった「ギィ」直営の海外四号店が、やっとオープンに漕ぎ着けたらしい。

 「ギィ」は日本の香水ブランドだけど、メイド・イン・ジャパンの品質のよさと「気品ある香気」でアジア圏では相当に人気がある。

 その香りに惚れ込んで、

「この気品を継承するのは、わたしよ!」

 …って。今の地位に就いたのが、ヘッド・パフューマーであるリスベス・ヴェルナーさんなんだって。

「『ギィ』の香りはヨーロッパでも十分通用するわ」

 いずれは、を見越して展開した海外の直営店は観光立国シンガポールと、やっぱり観光で有名な香港、そして日本の「カワイイ」が大好きな台湾の三店舗。

 そして今日、バレンタインデーにオープンとなったお隣の国で四店舗になったわけだけど−−−

「トークショーをオープニングセレモニーに組み込まない辺り、『ギィ』もなかなかメディアの利用が巧いわ」

 優雅にナイフとフォークを使って切った、芸術的に美しいチョコレートを口に運びながら花梨ちゃんは尊大に言った。

 学校近くのパーキングに運転手の神取さんごと車を待機させてた花梨ちゃんが僕を連れてきたのは、立川のデパートにある高級ショコラトリ。正直、僕的にはちょっと落ち着けないんだけどな、こういうお店…。

 ちなみにここのチョコレートの詰め合わせを、花梨ちゃんはタカヒロとマサムネに渡した。

「いつもハルの身辺に気を配ってくれるお礼よ」

「は? まあ、チョコは好きだからくれるっつーなら断らねぇけど。別に俺らはお前やトトのためにハルにくっついてるわけじゃねーからな?」

「だな」

「もちろん承知よ。それでも感謝したいαの心情を察しなさい。手続きや儀礼云々をおいて、わたしにとってハルはすでに身内だわ」

 相変わらずの口調なのに、いきなり素直なことを言われて僕は思わず花梨ちゃんを凝視しちゃったよ。

 タカヒロも目を剥いてたし、マサムネもちょっと毒気を抜かれたみたいな顔だったけど。

「あー…うん、まあ、こいつも公開プロポーズしたしな」

 なんて、こっぱずかしいことを蒸し返してくれたから、思いっきり膝カックンを喰らわしておいた。

 …まあ、それはともかく。

「夕方から店舗内でリスベスさんとトト、地元の女優さんのトークって。夜のニュース番組でも取り上げられるよね」

「沿道から見える形になるから、中継が入るかも知れないわ」

 「ギィ」のオフィシャルサイトでは、今日の海外四号店のオープンイベントが予告されてる。トーク相手の女優さんは日本でも人気の若手で、あちらでは「ギィ」の愛用者として有名らしいよ。そういうこともあって、イベントはサイトでネット中継するんだって。

 
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