やさしいせかい

□*hide the idol's true colors!!*
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 にこにこのまろい頬。笑顔がさらにパッと明るくなる。こういうところ、ハルは本当に素直だ。

 けど。

「なら、写真撮らせてくれないか。作ったアレンジと一緒に、お前さんの」

「………………………は?」

 一瞬、キラキラした円い目が点になる。と、亮介さんの悪いヒゲ面がテーブル越しにずいっと迫った。

「顔は撮さない。……どっかでやらなかったか、こういうアソビ?」

「あちゃ〜…」

 やっちゃった。って感じかな。箸を置いた手を額に当てて天井を仰いだハルは、でも苦笑いしてる。

「んー…アソビなんですか、それ?」

「おう、仕事じゃない。発表の場は俺のサイトだけ、趣味の企画だから俺が撮りたいものを撮る。仕事柄モデルは撮り慣れてるけどな。イツキも含めて連中は自分の魅せ方を知ってるプロだ。そんなテクニックなんかない、お前さんみたいな、ただ立ってるだけできれいな子を撮りたい」

「え」

 ぱちくり、と。大きな黒い目を瞬いてハルが絶句した。途端、まろい頬がほんのりと立ち上るように染まる。

「ええええぇぇぇぇ……」

「これでもまだ俺の審美眼を疑う?」

 初デートでのバッサリな一言を蒸し返すと、赤い顔のまま困ったように下がり眉を寄せて俺を見上げた。

「…あなたは高梨さんの用件知ってたの?」

「いや、俺も今初めて聞いたよ。…けど、たぶんそうだろうな、とは思ってた」

「もうっ……」

 ぷくっと赤い頬が膨らむ。

 ハルは決して自分から目立とうとはしない。…当然だ。望まなくとも、彼の華奢な首筋を守るカラーは好奇の目を引く。

 でも、立ち仕事を意識した姿勢の美しさや、どこか守ってやりたくなるようなΩならではの天性のたおやかさは、カラーがなくとも人の目を彼に惹きつけた。

 だから、亮介さんがハルに興味を持った以上こうなるだろうことは予想してたんだよね。

「怒った?」

「…別に怒ってはないよ。ちょっとビックリしただけ。それに」

 ふと、円い黒瞳が睫毛にけぶる。それから、

「高梨さんに釘を刺さなかったのは、どうするのか、僕に決めさせてくれるためでしょ?」

 わずかに伏せた睫毛を上げながらはにかむ笑みが、滲むような喜色を醸した。

(…ああ、もう)

 本当に堪らない。

「ホントはプロが撮ったきれいなお前なんて、他の誰にも見せたくないんだけどね」

 そうやって、予防線を張って囲い込むように守ることはきっと簡単だ。でも、それはハルっていう好奇心旺盛な一人の男の子の自立の芽と可能性とを先回りして摘み取ってしまうことでもあった。

 −−−俺が、この子の未来を潰してどうする。

「僕がきれいとか、その辺はイマイチよく解らないんだけど」

 えへへ、なんて照れ笑いする愛しい子が、こてん、と小首を傾げた。

「チャンスをくれてありがとう、樹」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ああ、もうっ。どうしてお前はそんなに当たり前みたいに可愛いこと言ってくれちゃうんだっ……!」

「えぇ!?」

 だって今の場合、お礼言うのは当たり前だよね!? って。だからお前、結構すごいこと言ってるんだって解ってなさすぎだよ!!

 罪作りな天然小悪魔にガバッと抱きついてぎゅうぎゅう抱きしめる。それから両手でまろい頬を捉えると、額と言わず瞼と言わず顔中にキスを降らせた。

「…イツキ。お前、デレッデレのメロメロだな。いや、確かに今のは堪らんとは思うが」

「でしょ? ハルってばめちゃくちゃ可愛いんだよ!」

 茹で上がったハルを抱きしめながら自慢げに返せば、亮介さんはクツクツ喉の奥で笑う。

「レセプションだなんだで、澄ました顔して綺麗所をエスコートしてるヤツとは思えんなー」

「わあ!? ちょっと、ハルの前でそういう話はやめて!?」

「なに慌ててるの。パーティやらレセプションやらで人と連れ立つのなんて、あなたにとっては仕事と変わらないでしょ?」

「…ハル……」

 いくら僕が子供でも、そのくらいは解るよって。顔は赤いまま至って冷静に返された、けど。これって喜べばいいのか悲しめばいいのか、すっごく微妙だ……。

「ちょっとくらいヤキモチとかないのかな……?」

「むしろこの程度で僕の信頼が揺らぐと思われてる方が心外だけど?」

「思ってるわけないだろ! 信じてる!」

 ムッと寄った下がり眉と尖った唇に慌てて、あらためて抱きしめる腕に力を込める。と、

「お前ら本気でバカップルだな…」

 呆れた顔で亮介さんがうんざりと溜め息を吐いた。ひどいよ!

「−−−で。どうだ、ハルくん?」

 うっかり中断してた晩ごはんを再開しながらニヤリと笑ったのはもちろん亮介さんだ。それに答えるハルも、にんまりと悪戯に笑う。

「飽くまでも高梨さんがアソビに終始するって約束してくれるなら、やってみたいです」

 だってこんな機会滅多にないし。

 つい何日か前に聞いたのと同じ言葉に、俺の口許も弛んだ。

(いい答えだ)

 もちろんこの迷いのなさは、偏に亮介さんが俺の友達だっていう、俺への信頼からくるものだろうけど。でも、こうして俺との関係を地歩にハルがこれまで知らなかった世界に触れることができるなら。俺は幾らだって手を貸すし、いつだって寄り添いたいと思う。

 箸を運びながら、それでも俺はうっとりとハルを眺めてたんだろう。ちらりと目線をくれた亮介さんが、小さく吹き出した。

「じゃあ、決まりな。一応、保護者としてイツキにもメイクと衣装で一枚噛ませるし、身バレ防止策はこいつと詰めるから心配しなくていいぞ」

「うわ、本気のアソビだ」

「おうよ」

「…それで」

 ニカッと笑い合う小悪魔とクマの間に割って入ったのは、俺もアソビに混ぜてもらったからだ。

「アレンジとハルを撮るっていうけど、亮介さんには具体的にイメージがあるの?」

「いや、そこはアレンジの作り手と擦り合わせが必要だからな。−−−ハル。何かやりたいことあるか?」

「え、僕? えーと−−−」

 …そして決まったテーマが「Wear the flowers〜華を纏う〜」。期間は一年、月に一枚の発表ってことになった。

  ‡  ‡  ‡

「んー…安請け合いしすぎたかな……」

 さすがはクリスマスイヴ。街の雰囲気を楽しみたくて途中でタクシーを降りれば、夜の十時を過ぎてるって言うのにそこそこの人通りだ。

 浮き立つような足取りの人たちとすれ違う中、キンキンに冷えた夜の空気にハルの溜め息が白く凍った。

 結論としては、当然「写真集は不可」の返事をして亮介さんにはお帰り頂いたわけだけど。

「それは違うよ、ハル」

 きっと、出版社が動いたことに怯んでるんだろう。教会への道すがら、俺は繋いだ手をコートのポケットに入れて歩きながら、ちょっとネガティブになってるハルに釘をを刺す。

「亮介さんはお前の意志が変わらないことを確認に来ただけさ。もちろん表現者として作品が評価されたことは嬉しかったはずだから、頭はそうとう痛かっただろうけど。断りにくい相手の手前、お前と俺に話をしてハッキリ断られたっていう事実が必要だったんだよ。まあ、そこは大人の事情というか義理を通す上での手続きだね」

「んー…そういうもの?」

「うん。だからお前が気にすることなんかこれっぽっちもないし、遠慮もいらないよ。……とは言っても」

 ふう、と。俺も白く息を吐いた。

「ちょっと世間が騒ぎすぎかな。さっき調べたけど、オリジナルのモデルは誰だって、ネット上では色々と憶測が飛び交ってるよ」

「えええぇぇぇ…」

 ここで浮かれず、凄まじく嫌そうにする辺りがハルらしい。

 「ギィ」のイベントで俺が頭に載せたのは、「Regulus hiems−冬の王子−」とタイトルを打った写真でハルが載せていたのと同じレシピの花冠。

 深紅と若草色、そして白。八重咲きのクリスマスローズで編まれたゴージャスな冠は、四阿に休む態のハルを冬枯れた庭園の支配者たらしめていた。

 これを気に入ったパフューマーのリスベスが、

「わたし、冬の王様にエスコートしてほしいの!」

 と亮介さんにおねだりしたのが、今回の件の発端だ。正直、こんなにも世間が沸くなんてさすがに俺も亮介さんもこの時には思ってもいなかったよ。

「身バレの心配はいらないよ、ハル。けど、あんまり騒がしいと落ち着かないよね」

「…騒がれる理由が理解できないよ、凄いのは亮介さんのウデなのに。僕なんか自分を花材に見立てただけで、モデルをしたつもりすらないし……」

 相変わらず自分の魅力を解ってない辺りはどうかと思うけど、鬱陶しい思いをしてるからには何か効果的な方法で鎮静化させたいところだ。

 うーん、と。頭を悩ませて何気なく夜空を仰ぐ。もう夜は更けたって言っていい時分。それでも街中の空は明るい。その視界の端に、ライトアップされて一際明るい大聖堂が見えた。

「とりあえず、この話はまた後にしよう。ほら、もう教会だ」

「わあ…」

 ここは都内でも有数の大きな教会で、そのクリスマスミサはデートには格好のイベントらしい。俺たちの視線の先で、睦まじい恋人たちが門をくぐって行く。聖歌が奉納されている最中らしく、微かに音楽も聞こえてきた。

「俺たちが参列するのはこの後のミサ。…今年は、これまでハルが過ごしてきたのとは違うクリスマスを体験してもらえそうかな?」

「もちろん。ミサなんて初めてだよ」

 ウィンクを飛ばすと、愛しい子の頬はパッと明るく綻んだ。

  ‡  ‡  ‡

 
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