やさしいせかい
□*傷を越えてきたお前が、俺に与えてくれたもの*
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*傷を越えてきたお前が、俺に与えてくれたもの*
朝六時。
カーテンの隙間からはすでに強くなった朝陽が射し込んでる。
うっすら明るくなった寝室。バタークリームみたいに白く滑らかな背中を俺に向け、まだ静かに寝息を立ててる可愛い子の項にカラーの上からキスをして−−−ちょっと、悪戯な気分になった。
「−−−…ん…ん? って、ちょ、い…樹!? あっ…やっ……!」
「おはよう、ハル」
「…って、どこ触って…んのっ……んん…」
「ん? どこって、ハルの可愛いディックだよ?」
「かわっ…!? 悪…かったね! どう…せ、ちっさい、よ…! 仕方ない…だろ、Ωなんだからっ…!!」
「ふふふ。だから、Ωらしくて素敵だって言ってるんだよ。昨晩の余韻かな…朝から健気にキリキリして、とっても切なそうだった……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
背中から抱きしめてても、真っ赤になったのが解る。こんなの、ただの朝の生理現象なんだけどね。昨晩はさんざん可愛く乱れてくれたから、よけいに恥ずかしくなっちゃったかな?
「…昨晩の俺、ちゃんと愛しきれてなかった?」
意地悪かなって思ったけど。ちょっと切ない振りで囁いたら、真っ赤なままで下がり眉をさらに下げた泣きそうな顔が、覗き込む俺を振り向いた。
「……だいじょぶ…いつき、すごくやさしかったよ………」
−−−しまった。
爆発的に赤面したのが自分でも解る。なんなら俺のディックもいきなり臨界点に達したけど、そこは我慢だ。
「…よかった」
ふるふると。小鹿ちゃんみたいに羞恥に震えてるハルに優しくキスを落とす。紳士の微笑みを見せながら、猛りに気づかれないよう脱ぎ捨ててあったバスローブを拾い上げて羽織ると、俺は体をくの字にして動けなくなってる可愛いフィアンセを抱き上げた。
「先にシャワー浴びておいで」
……もちろん、その間に俺は氷嚢のお世話になったよ。
夏休み。一ヶ月強というこの学生の長期休暇を、俺たちは以前から結婚の準備期間と決めていた。
具体的に何かって言えば、期間限定のハルとの同棲!
これまでにだってハルは何度も泊まりにきてたけど、継続的な生活を共有したことはなかったからね。俺の仕事は時間の面では不規則だし、ロケっていう名の出張も多い。一方フラワーデザインの専門学校に進学するハルは基本的には規則正しい生活だから、俺のいないこの家や不規則な俺の生活時間に慣れてもらわなきゃならない。
そんなわけで。夏休みが始まった四日前から、小笠原のパッパとマンマの公認でハルは俺の家で寝食を共にしてる。
すっごく幸せだよ、俺!
「−−−へえ…」
意外そうな感嘆にキッチンを見れば、ハルが朝食の支度をしながらカウンター越しにリビングへと目を向けていた。
「何かあったのかい?」
髪をタオルドライしながら、すり寄って来たまりやを撫でる。あらためてハルにおはようのキスをすれば、すかさずミネラルウォーターを注いだグラスが差し出された。
「四方堂さん、婚約したんだって」
「は?」
カイが?
グラスを受け取って、ホラと促すハルの目線を追う。と、朝の情報番組を流すテレビの画面に「テッセイ・カタノ」の春夏コレクションでランウェイを歩くカイの映像と、『四方堂快、電撃婚約! お相手は周防グループ会長令嬢!!』の文字があった。
どうも会見を開いたわけじゃなく、今朝一番でマスコミ各社に事務所と連名のファクシミリが届いたみたいだ。
「…まあ、発表の仕方としてはカイっぽいけどねえ」
今後公式の場には同伴するんだからってことなんだろう。お相手もβの一族とは言えビッグネームがバックについてるし、プライベートを晒す気はないっていう牽制なのは明らかだ。
この分じゃ、カイ単独の会見もアヤシイ。
「ホント、愛想がないなあ」
硬質で怜悧な美貌。ストイックなサムライを思わせるカイは、業界じゃ俺と並んで若手を代表するαのモデルだ。芸歴は遥かに俺の方が先輩だけど、同い年ってことで比較されることもよくある。と言っても、見た目もスキルも違うから顧客の住み分けはできてるし、プライベートでの接点はほとんどない。
「でも…」
それでも、この男の愛想のなさがフェイクじゃないことくらいは知ってる−−−つもりでいた。
「…さすがに、ここまで割り切ったヤツだとは思ってなかったよ」
グラスに口をつけ、半分ほど飲んで溜め息を吐く。と、ハルにそのグラスを取り上げられた。きょとん、とする俺を気遣わしげに見上げてきたかと思うと、そっと小さな両手で頬を包んでくれる。
「祥さんのこと?」
「………うん」
カイ御用達の美しい美容師は、公表こそされてはいないものの、紛れもなく彼の番だ。