やさしいせかい
□*それが、まだ恋を知らなかった頃の僕の戸惑い*
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これに関しては、樹はもちろんだけど、お義父さんからもお義母さんからもとても感謝された。僕自身、信教って形で道徳を同じくすることで、いっそう樹の大切な人たちと家族になるんだって実感が持てたしよかったと思ってる。
婚約指環を結婚指環と兼ねるノルウェー式にしたのもその一環。
その指環を着けて勉強会に出席すること一年。今日はめでたくも今年の「諸聖人の日」に受洗できる旨のお話を頂けた。その日に立ち会ってもらう代父はもうお義父さんにお願いしてある。
じゃあ、今日はプチ祝いだねって。教会からの帰り、夕飯の買い物をして−−−その車中で、昼間のできごとを思い出した。
「迎えにきたαの子がさ、花梨ちゃんを彷彿とさせる子だったんだよね」
「それはそれは…そのお前のファンだって子、そうとう苦労するよ、うん……」
……ほぼ断言なんだね。
「まあ、ホントに好きなら歩み寄るでしょ」
何にせよ、それはあの子たち次第だ。
「ただいまー」
と開けた玄関は御苑にある樹のマンション。いつも通り、レトリバーのまりやが待ち構えてのお出迎え。
広々したリビングに行けば、大きな窓の向こうには夜になりきらない妙に白々と褪めた空。でも、春と秋の晴れた日には惜しみなく柔らかな陽射しが満ちる。
そう。あの公共広告の舞台は、まさしくこの部屋なんだ。
これまでは、樹とまりやが一人と一頭とで過ごしてた部屋。
これからは、そこに少しずつ僕が加わって二人と一頭とで過ごしていく部屋。
「…ハル、どうした?」
灯りを点けたきり、リビングの入口で立ち尽くしてる僕を樹が背中から抱きしめた。足許に、まりやがすり寄る。
「…んー。いや、幸せだなあって」
にやけちゃうよねって言うと、樹は僕の項にカラーの上から接吻けた。
「ん。俺も、幸せだよ」
そして僕らが仲好さそうにしてると、まりやも嬉しそうなのがまた何とも言えないくらいに幸せだ。
「…ねえ、ハル」
「なに?」
「俺、三週間振りのオフなんだけど」
「……………僕、まだ明日も学校なんだけど」
「俺が優しくなかったことある?」
「…………………………ない」
婚約して、僕らはお互いに変えたものが一つある。
ヒート抑制剤の通常薬を、ワンランク強くしたんだ。
国際バース機構が定めて世界各国が批准してるガイドラインでは、αもΩも満十六歳から番として契約できることになってる、けど。
樹と僕はまだ番じゃない。
それどころか、膚を合わせる関係なのに、僕らの間に本当の意味でのセックスは成立してない。
「青少年保護法だとか可婚年齢だとか、高校生って身分だとか。道義的にお前が白い目で見られるなら、手続きは全部卒業を待つよ」
でも恋人として触れ合わないっていう選択は、僕らにはちょっとムリだった。だから欲情からヒートに陥るのを避けるために通常薬を強くして。万一の妊娠を避けるために、キスと手淫だけで乗りきってきた樹に、途中、もどかしくて泣いてキレたのは僕の方だ。
(何だかんだ言って、やっぱり意思の強さはさすがαだよねー…)
長い腕の中でくるりと向きを変え、背の高い彼の項に腕を回して引き寄せる。
「ねえ、樹」
「なんだい?」
「今日は僕……あなたのきれいなその長い指で、僕のΩをゆっくりと愛してほしいな」
囁いて軽く唇を啄めば、腰を抱いてた樹の両の掌が、デニムに覆われた僕の双丘をやんわりと包み込んだ。
「…まったく。お前って子は、ホントに小悪魔だね。近頃はおねだりが上手で、俺は最後の一線を我慢するのが大変だ」
「ふふ。あなたが僕に恋を教えたからだよ? それとも、あなたを誘惑する僕は計算外だった?」
「嬉しい誤算だよ……」
大きな掌にゆるゆると双丘を撫でられると、背筋を快感が駆け上がって自然と腰が揺れた。お互い、じゃれ合うみたいに啄みを繰り返して浅く舌を交わす。と、のしっと重みが腰にきた。
「…………まりや…」
呟いて、樹ががっくり項垂れる。後ろ足で立つ愛犬の円らな瞳は、「なになに、何の遊び? あたしも混ぜて?」って訴えてた。…うん。お前には混ざれない遊びしてごめんよ、まりや。
「僕、ごはん作るね。樹はまりやを構ってやって?」
「はあ〜…愛しすぎてツライ……」
ぎゅう、と愛犬を抱きしめる樹の広い背中に哀愁が漂って見えたのは…まあ、気のせいじゃないよね。
「あとでね、ダーリン。楽しみにしてるよ」
喉の奥で笑いながら耳にキスを贈る。もう、この小悪魔!! って、半べそかいたみたいな声が追いかけてきて、僕は堪らず声を立てて笑った。