やさしいせかい
□*それが、まだ恋を知らなかった頃の僕の戸惑い*
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「相応しいって…」
ブサイクとまでは言わないけど、おれはイツキの婚約者さんみたいに可愛いわけじゃない。勉強の方はまあまあか。取り柄は音楽の方に見るものがあるかも、声楽に。でも、それだけだ。
眉を寄せるおれを、でもエリカちゃんは相変わらずムッと睨みつけてる。
そのちょっと突き出した可愛い唇が、ふと開いた。
「女の子が、番とか簡単に言っちゃダメ」
「…は?」
「修一、いつもわたしに言ってるでしょう。他の誰より、わたしに相応しいわ」
「え…………」
それは、どういう−−−
「誰が何を言おうと、修一が知ってればそれでいいのよ」
おれを睨みつけるエリカちゃんの頬が、ほんのりと赤い。
(あ…)
…可愛い。
いや、今さらだけど。でも、造作とかそんなんじゃなく。怒ってる顔のはずが、今は、何でかそうじゃないって解る。
「帰るわよ」
言うなり、彼女はちょっと驚いてたおれの手を掴んでズンズン歩き出した。有無を言わせないところはいつもと同じなのに、何となく逃げ腰に見えるのは気のせいか……?
(………ねえ)
君の中にも、おれと同じ戸惑いがあると思っていいのかな。
ホントはおれの戸惑いに、君は気がついてるってことなのかな。
小さな手に掴まれた自分の手を見て、おれは頬にじわじわと熱が上るのを感じてた。
‡ ‡ ‡
「−−−行ったかな?」
「おう、行った」
ブロック塀に凭れて待ってた僕らは、顔を見合わせて苦笑いした。
「通学路が途中一緒なんだから、向かう方向が一緒だって気づいてほしかったかなー」
「しかし、まさかのαのお出迎えとはな」
「つーか。ガキとは言え不器用すぎんだろ、あの女」
まず告れっつーの。歩き出しながら、マサムネが呆れ果てたみたいに深ーい溜め息を吐く。うん、凄く正論なんだけどね。
「αってプライド高いから、内心さらすの極端に嫌がる人が多いみたいだよ」
「…そう言や、花梨もそんなだな」
「樹を見てると、ちょっと想像できないけどな」
「あいつら兄妹とか、マジ信じらんねえ」
タカヒロの合いの手にマサムネの顔が渋くなったのが可笑しくて、僕は小さく吹き出した。
「花梨ちゃん、性格が女王様だからねー」
…そんな花梨ちゃんは来年の春、僕より二歳上の義妹になる。
僕が樹と正式に婚約したのは去年の夏。最初のデートと称したあの公開鬼ごっこの一年後だ。
校則に縛られてる僕とは違って大っぴらに着けられるから、「イツキ」の左手薬指の指環は瞬く間にメディアの話題を掻っ攫った。
しかもすっごいシンプルなプラチナリングだったから、
『イツキ、極秘婚か!?』
とか見出しがついて、僕は大爆笑。だって極秘婚なら指環しないでしょ!?
その後の会見で婚約者が「未成年の一般人Ω」と判るとメディアはあっさり沈黙した。Ωは法律で手厚く保護されてて、うっかり訴訟になると凄まじく厄介だかららしい。
ちなみにお義母さんの国ノルウェーでは、婚約すると左手薬指に、その後結婚すると同じ指環を右手薬指にするんだって。
僕らはこれに倣うことにした。
「式の日取りが決まったら、研磨と加工に出そうね。日付の刻印と…ダイヤも入れようか?」
宝飾店のVIP室で指環をした僕の左手を撫でながらうっとりと言う樹に、そこまでしなくても、と思ったんだけど。そこはホラ、この人αだから。むしろこういう時は乗った方が円満なんだよね。
「んー…ダイヤ入れるなら、ブラウンのメレがいいな、僕」
「ブラウンダイヤ?」
「うん。あなたの瞳みたいでしょ?」
「わお。じゃあ、俺のにはオニキスを入れよう」
お前の瞳と髪の色だよ。そう言って、支配人さんがいる前なのにキスされた。…うん、まあ、慣れたけどね。
ところで。正式に婚約、あるいは番契約が成立すると、αもΩも住民登録してる区役所のバース課に報告しなくちゃいけない。
……これが、今回の公共広告の発端だった。
「−−−へえ。そんなことがあったんだ」
下校の時のハプニングを話すと、丁寧にハンドルを捌きながら樹が可笑しそうに笑った。僕も苦笑して肩を竦める。
「どこから情報もれたかなって、ちょっとヒヤッとしたよ」
家に帰るとオフだった彼はもう迎えに来てて、僕らは揃って教会に出かけた。と言うのも、お義父さんが結婚に際してお義母さんの信教に合わせたことから、相澤家は全員がクリスチャンなんだよ。一応わが小笠原家は仏教徒だけど、個々人が洗礼を受けてるわけじゃないしね。だから僕もお義父さんの時と同じく入信のために教会で講義を受けてるってわけ。