やさしいせかい
□*それが、まだ恋を知らなかった頃の僕の戸惑い*
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すると、今度は婚約者さんを寄り添うみたいに護ってたガタイのいい生真面目そうなお友達その2が静かだけど迫力の低音で訊いてきた。
「こいつのこと、誰に聞いた」
「だだだだだだ誰にもっ…」
ブンブン首を横に振る。
「つつつつつ通学路、途中、一緒でっ…こ、こここ公共広告、見て、気…づいてっ……だ、誰にも、聞いて、ない、し…言ってない、ですっ………!」
「あちゃ〜」
全然まったく危機感のない声は婚約者さんだ。
「僕、カラーしてるから顔覚えられやすいんだよねー…」
はい、その通りです!
「けどアレ、顔映ってなかったろ」
おれから目を離さずにお友達1が質す。…はい、それもその通りです……。
「え、と…あの、すみません…おれ、勝手に、あなたに憧れてて……」
「は!? ストーカーか、てめえ!?」
「ちちちちちちちちち違いますーっ!!」
ぶわ!! って! ぶわ!! ってきたよ、殺気!! まさか威圧フェロモン!? あなた、もしかしてαか!?
「あんまり脅かさないでやってよ、マサムネ。その子、カラーしてないけどΩだよ」
千切れんばかりに首を横に振ってたら、婚約者さんが助け船を出してくれた。…天使……!
「時々、通学路でΩのフェロモン感じてたんだけど、君だったんだね。背ぇ高くていいなぁ」
のほほーん、と。穏やかに羨ましがられて−−−きゅっと胸が引き絞られた。
「あ…あの、ホントに不躾で申し訳ありません。おれ、ヘタレでカラーする度胸なくて…あ、あなたがいつも、当たり前みたいにカラーしてお友達と登校するの、格好いいなって思って見てたんです…」
すれ違う人がみんな、カラーをしたこの人を振り返っては二度見する。けど、まったく気にかける様子もなく宿題の話とかゲームの話とか、すっごい日常の会話をして笑いながら歩いて行くんだ。
格好よかった。
Ωらしく小柄で可憐な印象なのに、ぜんっぜん繊弱でも脆弱でもない。
極めつけが、あの公共広告だ。
「PRフィルム、三作全部見ました。ショートバージョンは…まだおれには解らない気持ちだったけど……嬉しかったです。おれたちの年頃の、Ω男の気持ちそのまんまで」
特に、戸惑い編が。と言えば、ちょっと赤い顔で苦笑いされた。
「自己満足なのは解ってるんですけど、どうしてもそれだけ伝えたくて。ホントに突然押しかけてごめんなさい。お友達にも、ご心配おかけしました」
頭を下げて、踵を返す。と、角を曲がったところで中等部一番の美少女−−−未来のおれの番を公言して憚らない、三歳下のお嬢様が仁王立ちしてた。
「ひぃっ! エリカちゃん、なんでここに!?」
αには体格に恵まれた人が多い中、彼女はとっても小柄でお人形さんみたいに可愛いんだけど……般若の形相で睨み上げられてるよ、おれ!?
「なんで、ですって? まだ契約が済んでない、それもカラーを着けたがらない聞き分けのない番をαのわたしが迎えに来たんでしょう。何か可笑しくて?」
「いや、だからさ……OKした覚えなんかないし。それにいつも言ってるけど、そもそも中学生の女の子が、つ…番とか簡単に言っちゃダメだよ」
おれなんか単語を口にするだけで顔が熱くなるのにさ。意味解ってるのかな、この子…!
(君ってば毎日、将来はおれとセックスするって学校中に触れ回ってるんだよ…!?)
お陰で要らない注目浴びてるし! 君だってあんまりよく言われてないんだからね!?
けど、心の叫びは聞こえようもないから、おれはいっそうギロリと睨まれた。ひぃぃっ……!
「なら、今すぐ承知なさい」
「そんな無茶な…」
「わたしじゃ不満だとでも?」
「不満とか、それ以前の話でしょ!?」
番関係って結婚以上の、ホントに一生の問題で、おれにはまだ受け止め切れないし。だいたいそんな大きなことじゃなく、もっと身近なあれこれですら直視しかねてるんだよ、おれ。
…うん、そう。
おれはβ男子の平均的な身長があるし、エリカちゃんと付き合えば見た目は男×女のカップルかも知れないけどさ。番として見たらΩのおれは突っ込まれる方なんだよ、それも女の子に! おれにだって立派に男としての欲求があるのにーっ!!
「…だいたい、なんで君はそんなに平然としてられるの……」
女の子のヨロコビなんて解らないけどさ。できればおれは好きな女の子を優しく甘く可愛がりたいよ。そんな子いないけど……。
「わたしは将来を真面目に考えてるだけよ。興味本位でからかう愚か者が何だって言うの? わたしに相応しいΩを見つけた以上、手放すなんてそれこそ愚の骨頂だわ」