やさしいせかい

□*傷を越えてきたお前が、俺に与えてくれたもの*
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 番契約と結婚はイコールじゃない。

 解ってはいるけど、複雑な気分ではある。

 きっと浮かない顔をしてるだろう俺に、歳下のフィアンセは小さく苦笑いした。

「あなたって、こういうことには僕よりずっと繊細だよね」

「お前、カットモデルするくらい仲好しなのに何でそんなに冷静なの…」

 また溜め息を吐いて、柔らかな黒髪を撫でる。出逢った頃には切りっぱなしだった髪が、祥さんのお陰で今では彼の童顔に似合いの絶妙なゆるふわボブに変わってた。

 もうずいぶん前に、雑誌の仕事でカイと一緒だったことがあって。その時ハルを連れて行ったのは、言ってみれば授業参観とか家族の職場見学みたいな意図だったんだけど。

 そこで、ハルはカイに帯同してた祥さんと知り合った。男性Ω同士、さらには祥さんがハルの髪質を気に入ったこともあって、以来歳の差十歳の二人はすっかり友人だ。

 ……なのに、俺の方がセンチメンタルになってるってどういうこと?

 むう、と。年甲斐もなく口を尖らすと、ハルが苦い顔のまま吹き出した。

「言っておくけど、僕には四方堂さんのこの行動、全然理解できないからね?」

「理解なんかして欲しくないよ。唯一に向けたはずの愛情を二つに分けるなんて俺には無理だ」

「僕にもムリだよ。ただね」

 と、俺の可愛いフィアンセはおっとりと微笑んで、一つ息を吐く。

「四方堂さんと関わる中で祥さんが傷ついたとしても。その傷も含めて、二人は番なんじゃない?」

 …この婚約について、カイと祥さんとの間に話し合いがなかったとは俺は思わない。

 ハルも、そう言いたいんだろう。

「祥さんって、飄々として掴みどころないし全然読めない人だけどさ。もし辛いって助けを求められたら、僕はその手をとりたいな。……その時は、あなたも僕に寄り添ってくれる?」

「当たり前だろう」

「ありがとう。…なら、見守るのが僕らのスタンスだね」

「……………本当に。お前って子はどうしてそんなに男前なの…」

「んー…単にあなたがとってもロマンチストで、僕が結構なリアリストってだけなんじゃないかなあ」

 バランスとれてていいんじゃない? なんて小首を傾げるフィアンセの手の中で、自分の不甲斐なさに苦笑する。と、ハルはそっと俺を引き寄せてキスをくれた。

「ねえ、樹。群に対するαの本能って何だっけ?」

「共にあろうとすることだよ。懐に入れた者は、全力で守ろうとする」

 番であれば、なおのこと−−−

「………敢えて傷つけるわけがない、よ…」

「うん、僕もそう思う。突然のことで、あなたショックだったんじゃないかな。同じαとして、信じられないことが起きたと思ったんじゃない?」

「…ん。そうかも」

「つまり、あなたはそれだけ四方堂さんのことを信じてるんだよ」

 過去形にしないところが、ハルの強さだ。

「ありがとう、ハル。……愛してる」

「ふふ、知ってる。さ、ごはんにしようよ」

 ぎゅっと抱きしめれば、ハルは頬から項に回した手でぽんぽんっと俺の肩を宥めてくれた。キスを贈って離れると、足許でお利口にしてたまりやがそわそわとテーブルに向かう。

 エサ皿の前で頑張って待てをする愛犬にOKを出してテーブルに着けば、ハルが出してくれたほかほかのごはんと味噌汁に大きく気持ちが弛んで、俺は盛大に安堵の溜め息を吐いた。

「え。どうしたの、樹?」

「…いや、本当にホッとして」

 俺の様子に大きな目をいっそう円くする愛しい子の手をとって、そこに嵌まる指環にあらためて感謝のキスを贈る。

「今日の雑誌の仕事、実は久し振りにカイと一緒なんだ」

「わーお」

 僕ってばグッジョブ! と。おどけて笑うハルは本当に最高のパートナーだ。

  ‡  ‡  ‡

『−−−私事のため、メディア各社におかれましては何卒あたたかくお見守り頂けますようお願い申し上げます』

 …そう締め括ってはおいたが。

 案の定、大して広くもない撮影スタジオの前庭では、どこから漏れたものかすでに俺の出先を嗅ぎつけたマスコミが群をなしていた。

 −−−おめでとうございます、四方堂さん!

 −−−今のお気持ちを一言!

 −−−お相手の周防絢子さんとはどちらでお知り合いに!?

 雑誌の編集部から送り込まれてきたスタッフに守られ、口々に発せられる質問を無視してエントランスをめがけたが。

 −−−四方堂さんには、確か番の方がいらっしゃったかと!

 その一言に、一瞬足が止まった。あまつさえ瞬間的に威圧フェロモンを発した辺り、我ながらその動揺振りに舌打ちしたい気分だ。

 
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