やさしいせかい

□tefsir al-ahlam
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「安全のために、あなたが私の『運命』だとはまだ公表していないんだけど」

「は…ぃ」

「国民は私たちをすでに『運命の番』だと呼んでいるらしいよ?」

「ふぁ…!?」

 な、んで⁉ と目を円くした蓮に、アインは堪らず小さく吹き出す。

「私の名前はね、本当なら女性にしか許されないものなんだ」

「あー…『あいん』は、じょせい、めい、し、です、ね」

 だが日本語にはない区分だから気にしたことがなかった、という妻に思わず頬が弛んだ。

「にほん、でも、イズミ、は、おんな、のこ、に、おおい、けど。おとこの、こ、にも、います、し」

「イズ…ミ? 日本語で私の名前はイズミというの?」

「は、い。きれ、い、で、ゆ、たか、な、いめーじ。うつく、しい、だけ、じゃなく、きよら、か、なの」

「ああ……」

 幸福を祈る名に、国の境はないのだろう。

「私の母はね、私を身籠っているとき何度も何度も花の咲き乱れる美しい楽園の泉を夢で見たそうだよ」

 これはきっと神託の夢 - ルイヤー - だ、と。

 ゆえにラヒム王が敢えて王子をアイン・マァと名づけたことは国民に広く知られている。

「そして楽園の泉に欠かせないのが蓮の花だ」

「わぁ…」

 楽園の泉に、豊かさと繁栄の象徴が咲いた。

 これが運命以外の何なのか、と国民は歓喜に沸いている。

「病床にあってなお、母は私に『必ず幸せになれる』と言っていた……本当だった」

 乳母と乳兄弟をまで亡くして家族に縁の薄かった自分が、死が別つまで生涯を寄り添う番を得られた。

「マーシャアッラー。レン、今この時にあなたが私の番で妻で、いずれ生まれるだろう子供の母で……家族でいてくれて嬉しい」

 うっとりと。吐息のように言えば、蓮はその小さな掌でそっと彼の頬を包んだ。

 その右手には、涼やかに輝く蓮の花の指環。

「まーしゃ…らー。おれ、も、うれし。き…と、おかぁ…さま、の、いの、り、が、てん…に、とどい、たん、ですね」

「うん……」

 稚い口振りで祝福を返してくれる愛しい番が鼻先を摩りつける。

「あい、ん。おれ、の、きれい、な、ちぇしゅ、め・あら。はすのはな、は、いずみが、ない、と、かれ、ちゃう、んです、よ」

「ああ、大丈夫。ずっとそばにいるよ、ニルーファ。蓮の咲かない楽園の泉なんてあり得ない」

 父が、自分が、叔父が、アクバルが。ハサンやナウファルやアーキルも。

 ひた隠しにしつつ、それでもずっと追い求めて、あと少しあと少しと思うたび決め手に欠けた暗殺者の正体。

 政府と軍とを中心に、多くの者が水面下で犯人を追いつめていた。

 そも戴冠式を間近に停滞していた様々なことが動き出していたのだから、いずれは真相とともに暴かれていたのだろう。

 だが、蓮という最愛を得たこの時に決着がついたのは、かつて幸福を願ってくれた母の、サハルの、ラシードの祈りが導いてくれたからなのかも知れない。

 幸福を幸福として喜べるよう、本当の意味での弔いが済むように。

 ……ただの偶然と片づけるよりも、そう思いたかった。

「レン。たくさん、幸せになろう」

 深く息をすれば、薄甘く品のいい番の膚の匂いが胸を満たす。

 楽園に咲く、高貴な花の匂い。

 揃いの指環が輝く右手で、番の白い頬をそっと撫でる。

「ふふ…あぶ…・ふらぃら。かな…ず、なれ…ます。だ…て、すてき、な、るぃや…が、やくそ、く…て、くれ、てます…もん……」

 王と王妃になった、祝典の夜。

 眠たげに、だが馨るように微笑む伴侶に、アインは平穏と来福の祈りを込めて深く深く接吻けた。






END

20220919

 


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