やさしいせかい

□*blinds don't fear the snake*
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「……お。吉田と田中も一緒じゃねーか」

「あー…あと、矢島も一緒だね」

 学校の正門をくぐると、人だかりの向こう、職員室の窓いっぱいにクラス割りが貼り出されてた。

 進路が専門学校ってだけでなく、僕のフォロー役を学校から無言のまま押しつけられてるタカ・マサが今年も同じクラスなのは予想がついたけど。

「そう言えば、吉田も会計の専門に行くって言ってたな」

「矢島は解んないけど、田中は服飾の専門だって」

「矢島ってアレだろ、料理部。調理師とかパティシエとかになりてぇなら専門もありだもんな」

「ウチの料理研究部、関東大会の上位は常連だしね」

 そう言えば、一緒に全国大会目指さないかって勧誘されたっけ。

 知ってる顔が多いのは助かるよねー、なんて言いながら階段を昇ってざわつく教室に入る。と、気づいた田中と矢島がさっそく寄ってきた。

「おっはよー」

「三人とも、今年もよろしくねー」

「おはよ、よろしく」

「ああ」

「おう、コトヨロ」

 …なんか、年明けみたいな挨拶だ。

「ところでさ。王子、フラワーアレンジメント特技じゃん?」

「まだ言うんだ、それ…」

 田中の呼び方にがっくり項垂れる僕を、幼馴染み二人が容赦なく笑う。けど、矢島が差し出したスマートフォンを見て僕らは三人とも固まった。

「年末から話題の『華纏』シリーズ。月末に最新作が発表されたんだけどさ。今回のこれ、なんか凄くない?」

「…あー…技術的にはそんなでもないと思うよ。ただ、作業は死ぬほど大変そうだな……」

 実際、春休みじゃなきゃできないレベルで大変だったよ。自分でデザインしたんだけどさ。

 今作のタイトルは「春眠」。

 アレンジメントは、ケージ用ネットにワイヤリングした大小の花をひたすら巻きつけて作った花のブランケット。それをかけた僕が芝生の上で寝てるバストショットだ。もちろん、目から上は写ってないけど。

(…まさか……)

 クラスメートからこの話題を振られる日が来るとは思わなかったよ!

「そうなんだー。でも、めっちゃキレイだよねー」

「前作の『アンドロギュヌス』も、色っぽくてよかったよね」

 なんて。女子特有のかしましさで盛り上がる二人を横目に、僕ら男三人は内心、冷や汗をかいてた。

「…それにしても」

 一頻りお喋りに花を咲かせてから、そう言って苦笑いでマサムネを見たのは矢島だ。

「いくら運動量が多いからって、朝から洋菓子ってのはどうなのよ、菅原…」

「ぁあ? 俺じゃねえよ、こいつの香水だっつーの。スパダリαの彼氏からプレゼントだと。特注品だってよ」

「ちょ…マサムネ…!?」

「別にそのくらい話したって問題ないだろう」

「タカヒロまで…!?」

 いや、確かに樹の正体がバレなきゃそのくらいはいいんだけどさ!

 ちらりと見れば、女子二人のキラキラした目とかち合った………。

「…あー…うん、真面目に付き合ってる人がいてさ。今度、こ…婚約に向けて学校の意向とか訊くことになってるんだ…」

「うわ。そっか、婚約…よかったね、王子。バースカップルって理想だもんね」

「応援するよー」

「うん。さんきゅ」

 そっかー、スパダリαなんだー。うらやましーって。まあ、誰しもそこに関心がいくよね。

 この後、何でだか元気のない吉田が来てみんなでぎょっとしたから、この話はこれでお開きになった。

(…いや、しかし……)

 言っちゃったよ、婚約って−−−

 帰国して以降、樹は仕事と大学の課題でかなり忙しかったんだけど。僕にくれる電話やらメールやらとは別に、実はマメに僕の父さんとやり取りをしてた。

 他にも彼のご両親はもちろん、顧問弁護士や所属事務所とも相談して、今後の防犯策としても、当事者である樹と僕の安心のためにも、正式に婚約を調えて発表する方針が決まったんだ。

 それを聞かされたのは、まさにリスベスさんから香水をプレゼントされたその場。

 お互いの香りを纏ってマダムの冷やかしに照れ笑いを交わすと、樹は不意に僕の両手をとってソファから立たせ、自分は跪いた。

「実はね、ハル。俺たちを愛してくれる人たちみんなが、二人は早く婚約して発表した方がいいって言ってくれてるんだ。だから、俺たちの魔法使いリスベスの前であらためて申し込ませて。……ハル、俺と結婚して。お前の項を、俺に許して」

 もちろん、僕に否なんてあるはずがない。

 …となると、残る問題は僕の学校ってことになる。

 でも、これももう父さんと母さんが学校にアポを取ってて、来週には僕ら親子と顧問弁護士を連れた樹とで校長先生や生活指導のわたぬんたちと話し合いをすることになってた。

 なんだか急に事が動き出した気がする。

 そのきっかけが、誰かの身勝手な欲望だと思うと複雑なんだけど。

「…雨降って地固まる、かな」

『ん? 何のことだい?』

 夜、いつもの樹との電話で話したのは、クラス替えのことや二年からの編入生が来たこと、一部の友達との会話で婚約について触れたこと−−−そこでふとこぼれた僕の呟きを、電話の向こうの恋人が拾った。聞かせるつもりじゃなかったんだけど、まあ、いいか。

「ふふ。僕らのことだよ」

『ああ…』

 返ってきたのは、溜め息みたいな短い応え。何しろ覚えがありすぎるからね。

『俺たちの間に降った雨じゃないから、納得しがたいけどね…』

「二人もろともで降られたからねー…」

 でも。

「正直、もう三度目は御免だけど……僕がΩとしてじゃなく、小笠原暖人としてあなたを誰にも盗られたくないって初めて強く思ったのは、最初の事件の時だったよ」

 花梨ちゃんを探しに行った樹を待つ間、彼にもしものことがあったら、僕は僕を愛して寄り添ってくれる彼の心を失うのかも知れないと怯える自分に気がついた−−−そう。あの出来事が、僕に樹への恋を自覚させた。

「だからって、それをそのままプラスになんか考えられなかった」

 緊急薬を飲んでるから大丈夫。そう思う一方で拭えない不安−−−だって万が一にも番ってしまったら、本能が番への愛着を持つ。それこそ理屈じゃない。そんなことになったら、僕を愛してくれる樹の真心が、番を求める本能に引き裂かれてしまう。

 それに。

 確かにあの時、樹は無事だったけど。花梨ちゃんは自分を守るために怪我をした。

 …本当に、誰にも救いのない犯罪で−−−泣きたくなるほど、腹が煮える。

「…考えられなかったんだけどさ」

『うん?』

「ただ傷つけられただけで終わるのは、悔しい」

『うん』

「傷つけられたら……その傷全部、幸せに変えてやる」

『わお…俺の王子様はしたたかで恋に貪欲だ』

「む…。こう見えて、僕は元々結構図太いよ。それに、なに他人事みたいに感心してるのさ。あなたがその恋を僕に教えたんだろ?」

 電話口でぶすくれると、笑みを含んだ柔らかな声で『うん』と返ってきた。

『だから…お前が躊躇いなく俺を求めてくれるようになったから、自分で感心しちゃったんだよ』

「〜〜〜〜〜〜〜って。なにそれ、光源氏!?」

『わーお! じゃあ、ハルは紫の上だ!』

「なに喜んでるの!? あなたちゃんと源氏物語読んだ!? 紫の上って生涯藤壺の身代わりだよ!?」

 パチン! と、目の前にいたらウィンクが飛んできそうな声に叫べば、『なに言ってるの!? ハルが身代わりのわけないだろ!? お前は俺の唯一だよ!!』って……自分で例えたんだろー!?

「…もー…婚約の件だって忙しいのにあちこちに相談してくれて凄いαっぷりだったのに…ホント僕の前ではウッカリだよね、あなたって……」

『ふふふ。お前の前ではただの恋に浮かれた男だからね』

「…僕、限定?」

『そう。今こうして話してるのは、ハル限定の俺』

「……………なら、しょうがないね…」

 電話だからにやけた顔は見られなかったけど…たぶんバレてる。電話の向こうから、『ふふふふふ』って柔らかな笑い声が聞こえた。

『俺いまハルの香りに包まれてるよ。沈丁花の香り…甘さは濃厚なのに、くっきりした酸味でとっても爽やかだ。お前に抱きしめられてるみたいで凄く落ち着く』

「あなたの香りも、僕を幸せな気持ちにしてくれるよ」

『…ああ……来週が待ち遠しい。早く学校と話をつけて、ハルは俺の唯一だよって言いたい』

「あはは。頼りにしてるよ、ダーリン」

『任せてよ、ハニー』

 おどけて、でも本音を言えば、落ち着いた、それでいて力を感じる声が穏やかに請け合ってくれた。

 そして。

 麗らかに晴れたその日、樹と一緒に高級ハイヤーで学校にやって来た彼の顧問弁護士・泉谷さんは、バースカップルに対し法的に許されてることを常識の範囲に譲歩して、僕らと学校との意向を擦り合わせてくれたんだ。しかも、

「ただし、すべては努力目標です。突発的な事情により条件が守られなかった場合はバースの各制度に準じるものとご承知おき下さい」

 最後にそう釘を刺すおまけつき。

 澄ましたαの顔で臨んでた樹が、この時だけは悪戯な顔で僕にウィンクを飛ばした。

「今度のオフは、指環を見に行こうか」

 −−−僕らの約束は、もうすぐ形になる。





END

 


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