やさしいせかい
□*hide the idol's true colors!!*
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「聖書って、信徒さんのはもっと凝った装丁なのかと思ってたんだ。お経はきれいに装丁されてるのがわりと当たり前だし。だから前に樹の部屋にあったのを見て、ちょっと驚いたよ。よくホテルのデスクの引き出しに入ってるやつと一緒なんだもの」
そう、それがきっかけでクリスマスミサに誘ったんだ。
手芸部のクラスメートに教わったっていう白いレース編みのカバーは、クロスをモチーフにしたとても凝った意匠で、傷みにくいようにちゃんと深い緑色の生地で裏打ちされてた。
「ハル…あなたどこまで女子力を高めれば気がすむの」
「女子力って言うのヤメテ。せめてΩ力って言ってくれる、花梨ちゃん?」
…なんて。花梨との遠慮のない真顔の応酬ももう何度目かな。父さんも母さんも、心尽くしのこの贈り物を本当に喜んでた。
これを踏まえての、年越し。家族で過ごす日に、当たり前に呼んでもらえて俺が嬉しかったのはもちろんなんだけど。
「お正月休みってさ。家族とか親戚が集まるから、そういう時に樹がウチにいるって、なんか凄く近い感じがして嬉しいな」
…同じことを感じてたんだ、ハルが。
えへへ…って。はにかんだハルをぎゅうぎゅうに抱き竦めた俺は、「あたしらの前でイチャつくな!!」って思いきりモモに叱られた。マスターとマダムは「いやいや」「あらあら」って照れまくってたな。…これが立川の家なら、父さんと母さんがキスするだろう。あぶれた花梨は黙ってぶすくれるんだ。
俺とハルは、出逢うまでまったく違う時間を過ごしてきた。だからまだまだお互いのことを知り合わなきゃいけない。俺の世界をハルに見せて、ハルの世界を俺が見て。
でも。そうしていくうちに、少しずつ混ざりあって一つの時間を過ごしていけるようになるのかな。二人分で一つの世界を生きていけるようになりたい。
「…樹?」
もう一度ぎゅっと抱きしめると、ハルが小さく首を傾げた。
「…今回の『華纏』のコンセプト」
そう切り出せば、腕の中で細い肩が跳ねる。
「特に何も話してくれなかったけど…亮介さんがつけたタイトル通りだと思ってもいい?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
頬に当たるハルの耳が熱い。訊いた途端に茹で上がったってことは、図星だったんだろう。
「ふふふ、ハル可愛い」
「うぅぅ〜…」
「華纏」最新作のタイトルは「アンドロギュヌスの抱擁」だ。
今回、ハルは俺に手伝いを求めた。
「僕の目を隠してほしいんだ」
カラーをハッキリ撮すため、アレンジが正面からの構図になったからなんだけど。
「え」
軽く色を着けたラフを見て、俺は大きく瞬いた。
「何かぐるぐる巻きになってない?」
「うん。僕が動けなくなっちゃうから、今回は桃ネェにも手伝いを頼んだよ」
今までは作ったアレンジを身につける感じだったけど、今回は現場で仕上げる形の作品ということか。
「ほーお。こりゃまた色っぽい構図だな」
「あははは…」
ニヤニヤする亮介さんに、ハルはとぼけたような乾いた笑いをこぼした。
そして、出来上がったのは。
ゆきやなぎの白、さざんかの紅−−−
ハルの目を覆う俺の手。俺の胸に背を預け、紅色の花弁を一枚食んで悩ましげに喉を反らせたハル。
ゆきやなぎの枝を繋げた細いロープで絡め捕られた俺たちを彩るのは鮮やかな紅色のさざんかだ。
抗おうとしているのか、縋ろうとしているのか。弛く美しい縛めの中で、ハルの繊細な手が、目を覆う俺の手と、もう一方でさざんかの枝を持つ手にかかっている。
俺の手が持つのは、さざんかの枝という鍵。
くっきりとした黒いカラーで鈍く光る鍵穴に添えて、俺はまさにハルのカラーを暴こうとしていた−−−
「ふふふ。最高にそそるよね、これ」
「ヤメテ」
片腕でハルをぎゅっと抱きしめたまま、俺はスマートフォンで亮介さんからもらった「アンドロギュヌス」の別バージョンを見ていた。
サイトで公開した「アンドロギュヌス」には、肖像権の問題で俺の顔は写っていない。でも、これはハルのカラーで守られた項に、俺が噛みつかんばかりの表情でキスしてる一枚だ。……もし動画を撮ってたら、
「ざっけんな、いつきぃぃぃぃっ!!」
…って、モモの絶叫が入ってるはずの曰くつき。ごめんよ、モモ。あんまりステキなコンセプトで我慢できなかったんだよ……。
アンドロギュヌスはギリシャ神話に出てくる、二人で一人の「人間」。
それは全き存在で、そのことを恐れた神々によって二つに引き裂かれてしまった。
その子孫が今の人間。
引き裂かれて以降、人は愛を求めて己の半身を探すようになった、という話。
まるで、「運命の番」みたいだ。
俺とハルは「運命」じゃない。もしそうなら、ハルのΩとしての戸惑いも、男の子としての戸惑いもなかったかも知れないけど。
「アンドロギュヌス」には、ハルの戸惑いと願望とがよく表れている。
騒がれたくはない、でも俺の恋人として堂々としていたい。男としての矜持をカラーで守っていたい、でも俺と番いたい−−−
俺たちを弛く縛めるのは聖なる白、情熱の赤。祝福の紅白だ。
「慌てなくていいよ、ハル」
「うぅぅ…なんかもう恥ずかしいよ、これ………」
「俺は嬉しいよ、公開プロポーズ」
「わあああぁぁぁ、言わないでよー!」
見る人が見たら解る。現場にいたモモは、ちょっと寂しそうだった。
ハルの中で、まだ自分の二次性別との折り合いはついてない。
それでも、俺と生きていきたい、そう思ってくれている。
その意思表示。
もう一度こめかみにキスを落とすと、ハルは身動いで向かい合うように俺の膝に乗った。
「…もうちょっと待ってね」
きゅっと。下がり眉を凛々しく上げて、大きな黒い瞳が俺を見つめる。
「必ず、あなたの隣に立つって約束するから」
「わお。お前って子は、ホントに可愛いのに男前だよね」
こつり、と。額を合わせて見つめ合えば、黒い瞳がとろりと蕩けた黒蜜になった。
「大人のキスは平気?」
「……好きだよ。甘くて、熱くて。今あなたと一番深く触れ合える方法だから」
「…ホント、お前はどこでそういう誘惑の仕方を覚えてくるの………」
返事は聞かず、俺は可愛らしい唇を塞ぐと優しく深く愛しい人に接吻けた。
END
2017/12/22