やさしいせかい

□*hide the idol's true colors!!*
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 テーマは「Wear the flowers〜華を纏う〜」。

 先週のこと。夏の終わり以降、ネットの海で静かな話題になっていた一連の写真を午後の芸能情報番組が取り上げたのは、その前日、香水ブランド「ギィ」のウィンターイベントで俺がその中の一枚と同じ花冠を頭に載せて現れたからだ。

 まあ「取り上げた」って言っても、撮った亮介さん本人が「転載・転用不可」って大々的に明記してサイトにアップした写真だから画面で紹介されることはなかったんだけど。

 それでも、世間の関心を集めるには十分だったらしい。

「−−−は?」

「写真集……?」

 ちょっとワイルド…と言うかクマみたいなヒゲ面を渋くした亮介さんを前に、俺はハルと顔を見合わせた。

 クリスマスイヴ。年内の仕事はすでに終えて、あとは年始の各パーティまで仕事はない。ハルも冬休みに入ったってことで、今夜は以前から誘ってたクリスマスミサへ出かけるために、俺は昼過ぎ早々から小笠原家にお邪魔してる。

 そこに電話してきたのが、俺のプライベートな友人でもあるフォトグラファーの亮介さんだ。

「えーと…写真集って何の?」

 念のために訊けば、俺たちと一緒にキッチンのテーブルでお茶を飲んでた亮介さんは、いっそう顔を渋くして溜め息を吐いた。

「何のって、『花纏』シリーズのに決まってんだろ」

「え。やだよ」

 バッサリ言ったのは俺じゃない。

 下がり眉をきゅうっと寄せて口を尖らせるハルに、亮介さんはがっくり項垂れた。

「だよなー…」

「当たり前でしょ? 遊びだからOKしたんだよ、僕。写真集に纏めて出版物にしちゃったら遊びにならないじゃない」

「ご尤も!」

 うん、至極正論だ。そもそも、初めからそういう約束だったしね。

 けど。

「解ってて敢えてハルに話を持ってくるってことは、断りにくい相手ってこと?」

「フォローさんきゅう。『トラッドレーベル』だ」

「わお」

 老舗ハイブランドの御用達って言ってもいいほどの高級ファッション誌じゃないか。

「そう言えば亮介さん、トラッドの仕事結構やってたね」

「やってるんだよなー、これが」

 何しろ高梨亮介は「ギィ」の広告にもご指名で起用されてる、ファッション界じゃ有名な写真家だ。

 だから、夏の終わりに「華纏」最初の一枚がアップされて以降、界隈じゃそこそここのシリーズは知られてるんだよね。

 そこへ、今回のテレビでの紹介ってわけだ。

「この一週間でサイトのカウントとコメントがうなぎ登りでな。トラッドの編集部から声かけられたんだわ」

 亮介さんのサイトは仕事の窓口としても使ってる、謂わばショールームだった。そもそも知名度があるとは言え、SNSみたいに拡散するわけじゃない。それでも多くのアクセスを叩き出してるってことは、相当の反響だろう。

 困り果ててるその有名フォトグラファーを前に、口を尖らせたまま思案げに腕を組んだハルがちょこんと首を傾げた。

「それって、プロを使った撮り直しじゃダメなのかな? レシピが必要なら出すよ、僕」

「いや、それが…」

 言葉を濁して、亮介さんがチラッと俺を見る……って。

「ちょっと待って。まさかトラッドが狙ってるのってハルなわけ?」

「モデルさんはこのままでって、言われてる」

「ダメ」

「ヤダ」

 声が揃って「ダダ」に聞こえたけど、俺たちの拒否はハッキリ伝わったらしい。亮介さんは「だよなー!」と呻いて、テーブルに沈んだ。



*hide the idol's true colors!!*



「−−−おう。イツキ、面白いことしてたな!」

 都内の撮影スタジオで亮介さんと再会したのは八月初旬−−−そう、ハルと初めてデートした直後のことだった。

 その日の仕事は、国内自動車メーカー最高級車の広告写真の撮影で、彼とは一ヶ月とちょっと振りに会ったんだけど。

 実は亮介さん、俺がハルと出逢ったあの日にお見舞いに行った「足を骨折した友達」その人なんだよね。

 退院して自宅療養になってからは顔を合わせる機会がなかったから、こうして元気に現場復帰した姿を見るのは純粋に嬉しい。

 でも。

「久し振りに会って、いきなりそれ?」

「誰だ、アレ」

 苦笑して言えばそう返る。……って、聞いてないよ、この人。衣装がシワになるからやらないけど、これが私服だったら確実に首をロックされてるはずの強引さだ。

「これを作ってくれた子だよ。復帰おめでとう、亮介さん」

 肩を竦めて小さなブーケが入ったペーパーバッグを差し出せば、「おう、さんきゅうな」と相変わらずの気さくさで受け取ってくれた。

「へえ、入院してた時にもらったのもここの花だったよな。花屋なのか。てか、フラワーデザイナー?」

「…の、タマゴ。そこのお店の息子で」

 ……俺の可愛い子。

 辺りに目を走らせてから、小声でそうつけ足す。と、亮介さんは虚を突かれた顔で目を瞠いた。

「…お前、そっちのシュミあったか?」

「いや、全然。でも本気だよ。事務所にも報告済みだし、相手のご両親にも結婚と番契約を視野に入れた交際を認めてもらった」

「Ωか…! どうりであの色気っ……」

「艶とか佇まいって言ってよ、下世話になるから」

 むぅ、と口を尖らせると「お前、変なところで日本人だよな」と笑われる。

「他でもない亮介さんだから、ちゃんと紹介はするよ」

 この話はまたあとでね。そう言って、この時の俺たちはそこで撮影に入った。

 上背はあんまりないけど、ガッチリした体躯とクマみたいなヒゲ面の亮介さんは野趣あふれる印象の人だ。そんな容姿とは裏腹に気さくでいて濃やかな気遣いをする人柄から、「人たらし」って呼ばれるくらいに人から好かれる。三十代半ばのちょっとオジサン。少し歳下の奥さんがいて、β同士の夫婦だけどαとΩの番みたいに仲睦まじいところなんかは俺でもちょっと憧れるね。

「はじめまして、小笠原暖人です」

「わざわざ来てもらってありがとな。俺は高梨亮介、カメラマンだ」

 ハルに紹介しておきたい友達がいるんだ。

 そう言ってハルを亮介さんに引き会わせたのは三日後の晩、御苑の俺の家。

 テーブルの上には、なんとハルが作って来てくれたキノコの炊き込みおこわと白身魚の唐揚げ、白ゴマたっぷりの茄子とピーマンの甘味噌炒めにほうれん草のおひたしが並んでる。美味しそうないい匂いに誘われてか、まりやも俺とハルの足許をそわそわと行ったり来たりだ。

(ん〜…!)

 今日は俺も亮介さんも仕事があったからケータリングでも頼もうかと思ってたのに、何かなこの幸せな食卓! 電話越しに聞こえた『じゃあ、その日は晩ごはん持って行くね』の言葉に、俺が舞い上がったのはもちろん言うまでもないよね!? まさか付き合い始めて数日でハルの手料理が食べられるなんて思ってなかったよ!

「お弁当みたいにするつもりでいたのに、ごめんね。ウチの晩ごはんも兼ねてたんだけど、いつもと量が違うからちょっと時間かかっちゃって、ただのタッパー詰めなんだ」

「なに言ってるの! 全っ然、問題ないよ! ありがとう、ハル!!」

「わあ!? ちょ…い、樹、た、高梨さん、いるっ…!」

 ぎゅうっと抱きしめれば慌てて逃げようとしたけど、俺がハルに力負けするわけないから、早々に大人しくなった。俺の首筋に当たってる耳が熱くて、真っ赤になってるのが解る。亮介さんは「気にしなくていいぞー」ってゲラゲラ笑ってた。

「実はさ。お前さんが作った花、ウチのカミさんが気に入っててな」

 味気ないからって、食器に取り分けたその晩ごはんを頂きながらあらためて紹介すると、亮介さんはそう言って上手いとは言えないウィンクを飛ばす。と、ハルは下がり眉をさらに下げてふにゃっとはにかんだ。

「うわ、なんか嬉しいような恥ずかしいような…。僕、ホントまだ見習いなんで。たまに樹とか友達とかが指名してくれた時しかお客様にはお作りしてないんです」

「そう言えば、俺が初めて行った時は花を選んでくれたけどバスケットのアレンジは斉藤さんに頼んでたね」

 斉藤さんっていうのは、フローリスト・オガサワラの店員さんだ。

「うん。幾つか決まったアレンジがあって、お客様の用途とご予算伺ったらそのレシピで花を選ぶんだ。変えるのは色くらいかな」

「ほーお。でも作らなかったら巧くはならないだろ?」

「はい。だから僕、店の手伝いしててもお小遣い制なんですよ。その分、練習で好きに花材使っていいことになってるんです。と言っても、月額の上限は決まってますけど」

 なるほど。花って意外と高いから、高校生のお小遣いじゃ十分な練習は難しいよね。

 店はモモが継ぐだろうってハルは言ってたし、結婚を視野に入れた俺との付き合いを認めたことからも、マスターとマダムがそのつもりなのは解る。それでも花が好き、花に関わる仕事をしたいって考えてるハルを、二人はこういう形で応援してるのか。

 おっとりと朗らかなハルのご両親を思い浮かべて、俺の頬は自然と弛んだ。ああ…早くお義父さん、お義母さんって呼びたい! いや、パッパとマンマがいいな!

 レモンを搾ってサッパリさせた白身魚の唐揚げを、ご機嫌で口に運ぶ。その俺の目の前で、不意に亮介さんが悪戯小僧としか言い様のない顔でニヤリと笑った。

「んじゃ、作る機会が増えるのは大歓迎ってことか?」

「そりゃあ、もちろん」

 
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