空ハ青ク澄ンデ
□第二十七話
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起きろ起きろと誰かが云う。
俺に寝過ぎじゃねェのかと誰かの声がする。
煩い、俺はもう起きたくない。
数々の赤色。俺がやって来た事。夢の世界の中ならば逃げる事が出来る。
――――疲れたんだ、休ませろ。
景色が変わる。俺が一番逃げたい場所に変わっている。そして其処で会った「安心出来るあの男」が俺に云った。
「遣りたい事があるなら逃げンな」と。
俺が遣りたい事は何だ?
俺は「誰」の為に走ってきた?
俺が一番大事なのは「組合」。フィッツジェラルドと、フィッツジェラルドが築き上げたあの組織だ。
でも、武装探偵社は俺を守ってくれた。借りは返すべきだ。フィッツジェラルドの邪魔にならない為にも。
「! 看護師を呼べ!目を覚ました!」
目を覚ますと、もう見慣れた男が居た。フィッツジェラルドの今の部下。軍人上がりの傭兵の一人だ。
彼は直ぐに看護師を呼ばせた。対処が早い。
「何日、眠ってた?」
「二日です」
二日。慥(たし)かに、彼の云う通り寝過ぎた。
展開が変わっていても可笑しくない。今は一分一秒すら惜しい。
「フィッツジェラルドを呼んでくれ、寝ていられない」
躰を起こす俺に手を貸しながら、看護師に続いてフィッツジェラルドが来た。たった二日で躰が思うように動かない。
「俺が寝てから、二日経った。如何なった?」
「落ち着け、夜宵。君の事はきちんと匿って」
「然うじゃない」
俺は首を振った。フィッツジェラルドが不思議そうにする。俺が「武装探偵社は如何なった?」と聞くと、フッと息を吐いて話し出した。
「ムシタオル……?とか云う男の居場所は少年に教えた」
「何と引き換えにした?アンタの事だ、唯では教えない。俺と同じく中島敦は取引を持ち掛けた筈だ」
フィッツジェラルドは口を閉ざした。条件を話す心算は無いと見た。如何足掻いても引き出す事は不可能だろう。
早々に此の情報を諦める。次だ。
「小栗虫太郎の居場所は?」
「銀行の一室だ。ニュースで銀行襲撃が報道された、十中八九救出しただろう」
つまり、中島敦と泉鏡花は小栗虫太郎と合流した。逮捕報道が無い事から、小栗虫太郎が協力したと見て善い。
「二日も過ぎたのに、探偵社は無実を証明されない。何人逮捕されたか判らない。協力状態のポートマフィアの戦況も不明。情報が足りなさすぎる!」
「焦っても如何にもならん。云った筈だ、探偵屋と心中は許さんと」
グッと堪えてフィッツジェラルドを見る。フィッツジェラルドが俺に動いて欲しく無いのは見ているだけでも判る。
「「俺」の事は話した筈だ。俺は「知っている」。ドストエフスキーも、太宰治も「俺の行動」を読む事は出来ない。ドストエフスキーの裏を突くならば、俺を動かした方が善い」
「俺は君を戦場に出す心算は無い。二度と≪鼠≫の手なんぞに渡さない」
俺はフッと笑った。
誰が戦場に行くって云った?
俺は既に軍警を消したお尋ね者。軍警に追われる立場だ。
更に云うなら、俺は≪猟犬≫に会っている。≪猟犬≫には絶対に近付けない。
勝てない。逃げられる自信が無い。
「俺の詳細」は軍警に伝わっていない。ゴーゴリとドストエフスキーが俺を隠したからだ。
だから、軍警からは逃げられた。だが、≪猟犬≫は無理だ。芥川龍之介以上の速さ、フィッツジェラルド以上の頑丈さ、森鷗外以上の冷酷さ、ゴーゴリ以上の血の匂い。
如何(どう)足掻いても、俺は逃げられない。
「誰が戦場に行くって云ったよ?探偵社を追う≪猟犬≫を見た、奴等相手じゃ俺でも逃げられない」
「では、如何する心算だ?」
「情報収集。俺は単独で、此の状況を引っ繰り返す方法を考える。此の儘じゃ俺もアンタも追い詰められる」