空ハ青ク澄ンデ
□第二十六話
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誰かの話し声がする。懐かしくて、安心する。
揺蕩(たゆた)っていた意識が薄(うっす)らと上がっていく。
「判りました。鷹嶋が目覚め次第、行動を開始します」
ぼんやりとした視界の中で、夕暮れ色が見えた。思わず手を伸ばして、其の色を掴もうとする。
「起きたのか、夜宵」
伸ばした俺の手を掴んで、中原中也が云った。嗚呼、然うか。俺、此の人に保護されたんだっけ……。
「ん……」
「怠そうだな、もう少し寝てろ」
何か指示されてただろ、善いのか?然う聞こうとしたが、億劫になって何も云えない。
ぼんやりとする頭では何も考えられない。
「起きる……」
「眠そうだぞ、無理するな」
嗚呼、駄目だ。眠い。浮かんできた意識がまた沈んでいく。足掻く間もなく、俺はもう一度眠りに落ちた。
次に目覚めたのは、既に日の上った昼間だった。中原中也がずっと傍に付いて居たのか、俺の隣で誰かと話していた。
森鷗外から、何か指示受けてたっぽいよな。然う云や。
どんな指示だったんだろう?然う思いながら躰を起こす。先刻よりも躰は軽くなっていた。
「漸く起きたな、寝坊助」
「寝かすからだろ……」
身支度を終えた後、何時の間にか手放していた本を彼が返してくれた。
「手前の大事なモンだろ、肌身離さず持っとけ」
「有難う」
礼を云って、云われた通りに確りと本二冊を手に持った。此れが無ければ、俺は無力だ。
「行くぞ」
車に乗せられ、フィッツジェラルドの会社まで向かう。中原中也が少し目を泳がせている。何か俺に隠しているのか?
然う思った俺は、隣に座る彼へ口を開いた。
「送ってくれて、有難う」
「否、首領の指示だからな」
「でも随分早くから行動してたんだろ?用意周到過ぎる。車が待機してたし」
中原中也の目が更に泳ぐ。明らかに何か隠している。
まどろっこしい事は止めにするか。此の人を信用すると決めたのだから。
「なァ、中原さん。何を隠してる?」
「ッ」
彼は俺から目を逸らしていた。其れから、覚悟を決めた様に俺に向き直って云った。
「善いか、佳く聞け。首領曰く、手前の所有者が狙われている可能性があるそうだ」
「フィッツジェラルドが?」
然う云われて、情報を整理する。ドストエフスキーがフィッツジェラルドを狙う理由は一体何だ?
「異能力」?
否、今更ドストエフスキーや天人五衰がフィッツジェラルドの異能力を恐れる筈が無い。
ならば……「神の目」?
何故?見付かっては不味い物が有る?
其処で、俺の脳裏に一人の男が思い浮かんだ。
此の作戦の全貌を知っていて、行方不明で、ゴーゴリが連れ去った人物を。
「小栗虫太郎か……!」
重要人物(キーパーソン)。今回の鍵となる人物。ドストエフスキーから俺は情報を引き出せなかった。彼奴は俺を裏切らないと約束したにも関わらず、だ。
なら、探偵社が誰を探すかなんて判り切っている。ドストエフスキーが牢屋送りになっていて、ゴーゴリも消えた今。「小栗虫太郎」しか居ないじゃないか。