空ハ青ク澄ンデ

□第二十五話
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「成程」

彼の恐ろしき迄の非情さを併(あわ)せ持つポートマフィア首領「森鷗外」は、ゆったりとした低い声で納得した。

「君か、組合の件では世話に成ったよ鷹嶋夜宵君」
「此方こそ、所有者(マスター)だけで無く幹部まで御世話に成りました」

過去の事について、皮肉を飛ばす。だが、そんな軽い皮肉を飛ばしている場合では無い事くらい、森鷗外だって判っている筈だ。

「本題を話したい」

一旦深呼吸をする。
森鷗外と、「取引」だ。
落ち着いて。フィッツジェラルドの時やドストエフスキーの時を思い出して。
緋色の裏地が鮮やかな黒い外套が目の前に浮かんでいる様な気さえしてくる。

森鷗外が、目前にいるかの様だった。

「情報が欲しい。現在の探偵社の情報が」
「其れに関しては、既に人を遣っている。探偵社に居る事は知っていたからね。福沢殿にも、君の保護を頼まれていたし」

其の言葉に俺は目を見開いた。何時だって甘やかしてくれない世界の中で、如何して。何で。あの人は。

「如何、して……社長が……」
「君は預かり物だから、だそうだよ」
「俺は、子供じゃないって、云ってんのに」

敵なのに。社員じゃないのに。如何して俺なんか気にかけるんだよあの人は。
歪んでいきそうになる視界を、熱を持っていく心を押さえ付ける。未だだ、未だ泣いちゃいけない。此処は戦場なんだ。

「夜宵」

背後からの声に、ゆっくりと振り向いた。懐かしい声だった。
最近は殆ど会わなくなっていた男。俺を奪い取ると宣言した男。

「中原、中也――――」
「久し振りだな」

迎え役が、此の男。俺は笑った。人が悪過ぎるにも程がある。

「アンタ、本当に意地悪だな。何で此の人選んだんだよ」

電話の向こうで笑っているだろう森鷗外へ云った。本当に人が悪い。
何で弱ってる時に此の人を出してくるかなァ。
俺の言葉を予測していたらしく、其の事に苦笑を返して森鷗外は云った。

「彼は全て知っているからね。彼から情報を聞くと善い」
「……判ったよ」

通話を切って、中原中也へと向き直る。其の夕暮れみたいな髪が懐かしくて。
一方的に別れてから、もうどれ程経ったんだろう?全く変わっていないな……。

「着いて来い、何だ其の服。似合ってねェぞ」
「煩ェよ。服なんか選べねェんだから」

中原中也が俺の手を確りと繋いで引く。離さないとばかりに強く、俺が痛がらない程度に弱く。
俺より小さい其の背中が、今はとても大きく見えた。
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