空ハ青ク澄ンデ

□第二十話
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あの後落ち着いてから、俺は一応病気では無いので退院した。俺のは唯の心的外傷(トラウマ)だ。
沈んでいる俺に、探偵社の人達は俺を前より気にかけた。

「……フィッツジェラルド」

充電された携帯に、決まり通り電話がかかる。フィッツジェラルドにまで心配をかけてしまっていた。

「夜宵、調子は如何だ?」
「アンタこそ。五百億ドル、順調?」

頑張って何時もの様に軽口を云うけれど、フィッツジェラルドには御見通しだ。
今日も半分以上、会話の内容を覚えてない儘電話を切った。

何も変わらない。
此処も、俺の世界でも。
人は死ぬ。生きて居る限り、何時かは死ぬ。

判っている事だろう。自然の摂理ってのは誰にも覆す事は出来ない。
フィッツジェラルドの失われた娘の復活も、無謀だと判っていて。其れでも、ゼルダの為にゼロに等しい勝負をしている。

判っているのに、認められないと云うのはこう云う事か。

「鷹嶋……、其の」

中島敦が俺に声を掛けようとした。何を云って善いのか判らないらしく、言葉に詰まっている。

「何、敦さん。国木田さんが怒って此方見てるけど?何かしたの?」
「えっ」

中島敦は驚いた様に振り返った。国木田独歩曰く、是から特訓なのだそうだ。

俺の事は、気にしなくて善い。
屹度(きっと)、暫く忘れられない。自分の手が汚れなくても、何処かで見殺しにした同じ物が有る筈だ。

抑々(そもそも)、此の世界に来た事自体が有り得ない。何時か帰れる、と心の底で思っていた。思っていたから余裕だったのだ。
莫迦だ。そんな都合の善い事が早々起こる筈も無いと云うのに。

「一寸(ちょっと)散歩行ってきます、福沢さん」
「承知した。護衛は」
「必要無い。近く迄行くだけだから」

何時もの様に笑って、俺は探偵社の扉を開けた。俺の背中に刺さる視線が、どんな感情を帯びた物なのか判っている。

判っていて、無視した。

何時もの様に振る舞っている心算だった。
何時もの様に振る舞えていないのは知っている。
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