空ハ青ク澄ンデ

□第十九話
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目覚めてから、俺はずっと考えていた。ドストエフスキーの云った意味を。

「今直ぐ、武装探偵社を離れなさい。危険です。何故、彼の男に着いて行かなかったんですか」

ドストエフスキーは、俺との約束を守っている。だから、俺にあんな事を云ったのだろう。
「俺」には忠実でいると云ったのだから。
だが、情報が尽きた俺には「小栗虫太郎」の云っていた「魔人(ドストエフスキー)は態(わざ)と捕まった」事しか判らない。
未だ何か企んでいる事は判るのに、何が起きるのか全く判らない。

「鷹嶋」

社長が俺を呼んだ。此の機会(タイミング)で呼ぶのを考えれば、用件は直ぐに見当が付いた。
何せ、探偵社の要である「江戸川乱歩」が此処に居ないのだから。

「……乱歩が居なくなった。何処か判るか?」
「だろうな。場所は横浜市警第二十七警備所の留置所だ。誰に会いに行ったかは明白だろ?」

俺が云うと、社長は溜息を吐いた。其の目に、心配の色が映っている。
其処に囚われている男「国木田独歩」を案じているんだろう。
そんな社長に、俺は口を開いた。

「少し「世間話」をしようか、福沢さん」
「ほう?」

社長は俺の座っている長椅子(ソファー)の向かい側に座った。そして、事務員の淹れてくれた茶を啜(すす)って云った。

「聞こう」
「名探偵に、解けない謎は有ったか?ドストエフスキーの件でも、彼は後手に回りはしたものの見事に解いて見せた」

俺の問いに、社長は「無い」と答えた。とてもはっきりと。
然う云うから、俺は息を吐いた。然う、江戸川乱歩に解けない謎は無い。

「だったら、国木田独歩は無罪放免だ。うちのポオを破った男があんな如何様(イカサマ)野郎に敗ける訳が無い」

黒白の世界でしか見た事の無かった彼の男を思い浮かべながら俺は云った。
敗けて貰っては、困るのだ。ドストエフスキーが未だ俺を諦めていないのだから。

「……如何した、手が震えているぞ」

社長に指摘されて初めて気付いた。社長は俺を気遣わしげに見詰めているが何も云わなかった。
先に口を開いたのは、俺だった。

「ドストエフスキーに会った時、云われた。今直ぐ、武装探偵社を離れろと。危険だと」
「魔人にか」
「嗚呼。彼奴は俺に嘘を云わない。探偵社を相手に何か起こす気だ」

でも、其れが何なのか判らない。其の事実が酷くもどかしい。
一旦気になれば、苛々して仕方が無い。知っている間はただ命が無事である様に気を付ければ善かった。
何処が「中心」で、誰が「引き金」なのか判っていたからだ。

「何も、判らない……ッ!俺は、もう情報が尽きた!!全知全能なんかじゃない!未来予測なんて出来やしない!全部「知ってた」だけだ!」

「知らない」事が、こんなに恐ろしい事だと思わなかった。「無知の知」とは善く云ったものだ。
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