空ハ青ク澄ンデ

□第十七話
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嗚呼寒い。極寒の北海道にでも居るんじゃねえのか。
そんな事を思う位、俺の寒気は酷くなっていた。
外は俺の様子とは裏腹に、暖かな日の光が照らしている。

「……ッ、寒……」

ボソッと布団に包まりながら呟くと、其れを聞き取った坂口安吾が声を出した。

「貴方の手元に解毒薬は存在しないのでしたね?」
「然うだよ……。……坂口さん、一つ聞いて善い?」
「何でしょう?」

寒さで頭が可笑しくなりそうになりながら、俺はぼんやりと考えた事を口にした。

「アンタに裏切られて……死ぬと分かっていたあの人も、こんな気持ちだったんだろうか」

其の問いを、坂口安吾が理解した時。
彼は息を呑んだ。
屹度(きっと)、彼は今複雑な表情をしているんだろう。然うさせたい訳じゃない、迂闊だった。

唯の、純粋な興味だったのだ。

「……御免、今の俺があの人と同じだと思ったら気になったんだ。死ぬと分かっていて、相打ちを狙ったあの人は何を思っていたのかなと」
「さあ、僕は彼では有りませんから」
「然うだね」

未だ、坂口安吾は何も云わない。フィッツジェラルドが俺の居場所を見付けたとも、ドストエフスキーが自分の勝利を宣言したとも。

何時なんだ、二日も地下に居りゃ体内時計も狂う。時間の感覚なんて無くなってしまった。
今、俺の情報源は坂口安吾唯一つ。

――――何て様(ザマ)だ。新聞、ニュース、噂話。嘗ては様々な情報源から情報を得て、自分が動けない事態にだけはしない様にしていたのに。

たった今、俺は「坂口安吾」と云う情報源を自ら潰した。情報が一切断たれたも同然だ。

フィッツジェラルド、早く俺を見付けてよ。
其れとも、あれは嘘?
俺、此の儘見付からずにドストエフスキーの所有物になる訳?

毒薬を飲んだと云う焦りも加わって、不安が加速する。
フィッツジェラルドへの確かな信頼も、疑いへと変わり始める。
疑念を振り払いたくて、布団を掴んで寒気に耐えるけれど……。
近くにフィッツジェラルドが居ないのには変わりない。

俺は、最初と同じく独りだった。此の世界に落とされた時と、同じく。

「嫌だ」

ポツリと呟いた。此の侭死にたくない。
ドストエフスキーの元へも行きたくない。
組合の鷹嶋夜宵として、生きて居たい。

堪えていた弱音が、口から出てしまった。

「俺は、死にたくない」

聞こえていたラジオ番組も別の番組へと変わってしまっている。
フィッツジェラルドに見付けて欲しいなら、異能力を使えば善い。
でも、其れは出来ない。其れでは俺の欲しい物は絶対に手に入らない。

耐えるしか、無かった。
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