空ハ青ク澄ンデ
□第十四話
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ドストエフスキーは其の後、全く動かなかった。
結構多目の葉書を持って一寸外出したきりだ。
「退屈ですか?」
ドストエフスキーが訊いた。そうだな、と返して本を撫でる。
手触りの良い本だな。本当に。
「本を気に入ってくれた様で何よりです」
今度は返事をせずに表紙を撫でる。其れから、ふと彼の人……俺の所有者(マスター)フィッツジェラルドを思い出した。
迎えに、来るよな……?オルコットに見付けられて、『神の目(アイズオブゴッド)』を手にして。
アンタは俺と契約したんだから。
俺は、アンタを裏切らないって契約したんだから。
「不安ですか?」
俺の心を読んだ様に、ドストエフスキーが云った。少しだけ、本に触れていた俺の手が揺れた。
「探偵社……ではないですね。彼の男が貴方を迎えに来るか如何かを考えていると云った所ですか」
「俺はフィッツジェラルドを裏切らない。フィッツジェラルドも然り、だ」
「でも、探偵社に居る貴方を迎えにも来なかった。組合が壊滅すれば、真っ先に危険に晒されるのは貴方です。然うでしょう?」
反論すれば痛い所を突いてくる。其の通りだ。組合の中で、一番危険なのは幹部ではない。「俺」だ。
異能力的に、野放しにしておけない存在だろう。
「探偵社が居た。其れに、彼の人は暫く立ち直れなかったんだから仕方ない」
「仕方ない?貴方を危険の中に放り出すのが?」
ドストエフスキーは嘲笑う様に笑った。屹度、「私なら然うはしない」と云いたいのだろう。
だからと云って、此の男の操心術に惑わされる訳にはいかなかった。
「危険に晒されても、俺は殺されない。何故なら、アンタの云う様に俺は「確かな情報」が無さすぎる。戸籍も、身分証明も、何も無い。「俺が此処に居ると云う証拠」さえ」
「其れ程に彼の男を信用する理由は何です?」
本気で分からないのか、と俺は睨む様にドストエフスキーを見上げた。
不安が無いと云えば嘘になる。だけど、俺はドストエフスキーに弱音を吐かない。絶対に。
ドストエフスキーは、フィッツジェラルドの敵だから。
「契約したからに決まってるだろ」