空ハ青ク澄ンデ
□第一話
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――――文豪とは、一体何か。
或る名を馳せた名作小説を書いた小説家が「文豪」と呼ばれるのならば。
其れを読み、評価している読者もまた「文豪」に値するのではないか――――。
「有難う御座いましたー」
店員の女性の声を聴きながら、俺は料理店を後にする。無銭飲食をしたにも拘らず、女性はニコニコと俺を送り出した。
其れには幾つかの理由が存在する。
一つ、俺は此の世界の人間ではない事。
一つ、俺が異能力者である事。
一つ、其の異能力が結構何でも有りな如何様(イカサマ)擬きの能力である事。
一つ、
俺は
此の世界の事を、善く知っていると云う事。
横浜。美しい此の町が如何に物騒な町であるのか、俺は善く知っている。
「読者」と云う形で。
何時もの変わらないと思っていた日常が変わったのは、ふと目が覚めた時だった。
「何の冗談だ?」
俺は港の廃工場の壁に躰を預けて眠っていたのだ。自室に居た筈が如何してこうなった。
そんな俺の眼前には、無機質な書類が一式と、矢鱈装丁が立派で中身は真っ白なハードカバーの本が置かれていた。
取り敢えず読んでみた書類には、此処が「文豪ストレイドッグス」と云う俺が愛読していた作品の世界だと云う事と、俺は此の世界へ所謂「異世界旅行(トリップ)」した人間だと云う事……
そして何より、俺は「異能力者」である事が書かれていた。
異能力と云うのは、大抵作品中の登場人物の元となった文豪の「作品」が元になっている。文豪ですらない脇役(モブ)や、一般人には異能力を持つ者なんていないと思っていた。
多少の例外はあるが。ポートマフィアの幹部「A(エース)」の様に。
何故、俺が。然う思いながらも「異能力について」と云う項目を読み進める。如何やら、俺は知っている「異能力」を此の矢鱈立派な本を通して使用出来るらしい。
「何だよ是(コレ)、最強かよ。つーか最早兵器だろ」
然う呟きながら、半信半疑の侭に興味本位で異能力名を呟く事にした。「異能力名」を呼べば異能力は応える。項目の最後に然う書かれていた。
「『金色夜叉』」
別に、紅葉の姐さんが特別好きだったとか云う訳じゃない。異能力が発動した時に一番分かり易かったからだ。
呟いて直ぐに、緋色の表紙に『金色夜叉』と金色の文字が浮かび上がった。気配を感じて後ろを振り返ると、美しくも恐ろしい夜叉が立っていた。
驚いた俺は声無き悲鳴を上げて転んでしまった。そんな俺の手を優しく引いて、夜叉は俺を起こしてくれた。
「……御前は、『金色夜叉』だろう……?紅葉の姐さん(本来の持ち主)以外に従って善いのか……?」
恐る恐る夜叉へ訊ねたが、夜叉は不思議そうに首を傾げていた。
まるで、俺以外に従う主が居ないかの様に。
此の夜叉は、紅葉の姐さんの元に居る『金色夜叉』とは違う夜叉の様だ。
「悪い、変な事聞いた。戻ってくれ」
夜叉が消えると、表紙の題名は何事も無かったかの様に消えてしまった。
成程、然う云う事か。仕組みを理解した俺は腹が空いている事に気付いた。
今迄何も食べていないのだから当たり前か。
人間の三大欲求ってのは恐ろしい物だ。
然し、此の世界に行き成り連れ去られた俺には戸籍も財産も何も有る訳が無い。
と、なれば。手段は一つ。
異能力を使用し誤魔化しまくって、一円も払わずに生活して来たのである。
『細雪』と『完全犯罪』は結構便利だ。大抵バレた事が無い。……少数の例外はあるが。
そして異能力を使用し続けて気付いた。
そうか、読者も「文豪」と成り得るのではないかと。
だから俺は自分の異能力に「創造」と名を付けた。
読書において、「創造」と「想像」は最も大事な要素だからだ。