DEAD APPLE
□Inversion world
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「やァ、初めまして「鷹嶋夜宵」君」
目の前の太宰治が、然う云った。元の世界ならば絶対に見る事の無い、其の黒い外套と包帯。
「初めまして、「太宰」さん」
原作から、逸れた。其れは、太宰治が「マフィアから抜けなかった世界」なのだろうか。
俺は然う軽く考えていた。
「あちらの世界で、私が恐れた少年。君は何故此処に来たのかな?」
「見極めに送られた。俺が他の選択肢を本当に選ばないのか確かめる為だと、『創造』に云われた」
彼は紳士が淑女をエスコートする様に手を差し出した。俺は彼の手を取り、引かれるままに部屋の奥の方へと下がった。
「首領、招集に応じ参上しました」
「中也、這入って善いよ」
俺は目を見開いて隣の男を見た。
今、何と云った?太宰治が、首領?あまりにも早過ぎる。
森鷗外は俺が恐れていた人物の一人だ。其の男が、太宰治にこんなにも早く敗れるものか……!?
「……オイ、そっちのは何だ?」
「嗚呼、私の養子。先代にも居たでしょ?其れと一緒」
矢張り「先代」は森鷗外で間違い無さそうだ。目を見開いて太宰治を見つめる。
太宰治は予想していたかの如く笑いかけた。
「不用心過ぎだろ。何処で拾って来たんだ糞鯖」
「中也には教えなぁ〜い」
「此の野郎……!」
何時もの会話、の筈だが……。如何しても、何かが違うと訴えかけて来る。
そして、中原中也の後ろから人が来た。
「首領、」
「漸く揃ったね、這入っておいで」
俺は口を押さえた。其処には、暗闇の様に真っ黒な外套を着た「中島敦」が居た。
隣には「泉鏡花」も居る。
「……なん、て……」
俺は隣の太宰治の胸元を掴んだ。手が震える。目から涙が止まらない。胸が酷く痛い。
「何て事をしたんだ!アンタは!!」
「手前!」
俺の反応も予測済みだったらしい太宰治が、大して苦しくも無さそうな顔をして俺の頭を撫でる。
「是が現実だよ、夜宵」
俺の名前を呼び捨てにする、絶対に無い呼び方を聞きながら。俺は泣きながら其れ以上動けなかった。
力が抜けて座り込む。そんな俺の頭を優しく撫でている太宰治と、俺の処遇の考え直しを訴える中原中也と。
俺の方に心配してやって来た中島敦と、泉鏡花。
「私の養子に成ったばかりで情緒不安定でね。彼の存在を隠し通す為に護衛が必要なんだけど……」
「僕が」
「君は駄目だよ、敦君」
太宰治は俺を抱えて、子供をあやすような仕草をしながらきっぱりと云った。
本来なら、俺の護衛の方が向いている事は知っている。でも、俺が堪え切れそうに無かった。
「嗚呼ほら、過呼吸だね。ゆっくり息を吸おうか」
頭が真っ白になっていく。太宰治の声だけが響く。駄目だ、息が出来ない。
藻掻く俺の手を、誰かが取った。
「手前、好い加減にしやがれ!首領の手を煩わせてんじゃねェ」
乱暴な物言いだけれど、俺を落ち着かせるには一番効果的だった。フッと息苦しさが消え、ぼんやりとした頭で見上げる。
「中也、さん……」
俺はガタガタと震える其の手で中原中也の腕を握り締めた。中原中也は目を見開いていたが、振り解く様な真似はしなかった。
「あーあ、中也に私の息子が取られちゃったなあ」
「何時もの嫌がらせみたいなのをしたんじゃねェのか」
落ち着かせようとか然う云う事はしない。其の態度が、向こうと同じで。酷く安心した。
「ねえ、中也。是は首領命令なのだけどね?彼に「何」を聞き出す事も、其の行動を制限させる事も禁止する」
「はぁ!?ンな怪しい人間を尋問するなってか!」