DEAD APPLE
□The wages of sin is death.
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「"龍虎"とは、よく云ったものだ」
恍惚とした気持ち悪い笑みで澁澤龍彦が云う。
澁澤龍彦の「龍」、其れに相対するは中島敦の「虎」ってか。
こんな男(ヤツ)と一括(ひとくく)りにされるなんざ俺は御免だ、同情するぞ。
「君の存在を私に告げた露西亜(ロシア)人は云った。龍が異能の持つ混沌(こんとん)本来の姿だ、と」
露西亜人。俺は其の言葉に体を震わせた。矢張り、居たのだ。此処に。横浜に。
フョードル・ドストエフスキーが。
「ッ」
あの男が近くに居る。此処に来る時に見たあの男は、幻なんかじゃない。あの時、あの男は其の場に居た。
恐怖で可笑しくなりそうな中、芥川龍之介が俺の背中を叩いた。
「何を恐れている。此の場に於いて、恐怖は不要。命取りだ」
「……」
俺は下を向いた。其の通りだ。此処は戦場、俺が本来居るべきでは無い場所だ。
其れでも、俺は此の場に来る事を選んだ。恐れている暇はない。
未来(さき)の恐怖より、目の前の危機だ。
「有難う、芥川さん。目が覚めた」
「礼など不要。貴様の平和惚けした間抜け面は腹が立つ」
「そりゃ失礼」
其の時だった。澁澤龍彦が、俺の思いもしなかった言葉を吐いた。
「また私を殺すのかね、中島敦君」
中島敦が――――人を、殺めた?
如何云う事だ。澁澤龍彦を殺した?憎んでいた孤児院の院長すら殺せない男が、澁澤龍彦如きを?
「あるべきものをあるべき場所に戻すだけだ」
力強い彼の声がする。全く動揺は見られない。覚悟を決めている声だ。
彼の事だ、屹度(きっと)凄く迷っただろう。戸惑っただろう。恐れただろう。今の俺の様に。
そして、罪を背負う事にした。