風ニ囁ク彼ノ聲ガ

□第七話
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後日、思った通り殴られた僕は少しだけ痛む躰を動かしてお店に向かった。

「静!!」

支配人(オーナー)が僕を見て悲鳴を上げた。首を傾げていると、支配人が色々と持ってきて手当てしてくれた。

「エース様、かい?」
「はい」
「私の休んでいる間に色々あったと聞いてるよ。大変だったね」
「御免なさい、勝手にお店の事を仕切ったのでエース様に怒られました」

支配人に謝ると、支配人は僕の傷を見ながら複雑そうな顔をしていた。此の店の人達は本当に他人を気に掛けるなあと思う。

「ところで、お酒が買える場所を教えてください」
「嗚呼、取り扱ってる店は教えられるけど……。然うだ、確か其の会社の社長が来日して居た筈だから予定(アポ)は取り付けておいたよ」
「有難う御座います」

代金に関しては、エース様から小切手を預かっている。此の間、エース様が……えーっと、何て云ったっけ。何処かのマフィアの賭博場(カジノ)で悉(ことごと)く勝負で勝ったらしい。
「胴元(ディーラー)の顔が実に愉快だった」とエース様は笑っていた。
代金の代わりに、殴られたり蹴られたり。其の上で土下座して頼んだ。

其の社長と会う為、支配人に云われて黒服のお兄さんが僕を或る建物まで送ってくれた。
建物の中で、お姉さんとお兄さんが色々云っていたけど佳く判らなかった。

云われるがまま着いて行って、社長と云う人に会った。未だ若そうに見えた其の人は、僕に対して凄い目で怒鳴っていた。

「あれは私が友人にあげた物だ!其れを賭博で無理に奪って!」

社長の話を要約すると、如何やらエース様は酒が欲しいからと色んな手を使ったらしい。僕が無表情で聞いているからか、相手が猶更(なおさら)怒鳴った。

「聞いているのか!?」
「……」

僕の服を掴み上げた其の社長と云う人は、僕の貌(かお)を見て動きを止めた。そして、僕を「思い出したくない名前」で呼んだ。
目を見開いて声の出せない僕に、社長が僕を抱き締める。

「私は君の「叔父さん」の友人だ、佳く生きて……!」

おじ、さま……?
僕は頭が真っ白になっていった。
記憶の向こうに飛ばしていた「懐かしい声」が蘇る。
判らない、「おじさん」って?おじさまって?
思い出しちゃいけない、忘れていなきゃいけない。僕は、僕は……!

「僕はそんな名前じゃない!!」

社長を突き飛ばして、僕は然う叫んだ。僕の様子に気付いた社長はお兄さんを下がらせた。
僕は両耳を押さえて蹲(うずくま)る。前に「彼の人」の声を思い出した時の様に。

然う、僕を壊した張本人「叔父様」の声を。

「悪かった、落ち着いて。あの酒を買いに来たんだったね」
「僕は、僕は静だ!――――なんて、僕の名前じゃない!!」
「判った、静。佳く判ったよ。だから落ち着いて深呼吸しなさい」

社長の云う通りに深呼吸して、気持ちを落ち着ける。真逆「僕の事」を知っている人が居ると思わなかった。
あの頃とは何もかも変わってしまったのに。

「君が必要だと云うのなら、あの酒は調達してあげよう。幸い、友人にあげようと思った物を持って来ている。……其の怪我は、今居る所の人に付けられたのかい?」

社長が次々に僕へ話しかけるが、僕は横を向いて質問には答えなかった。エース様の事も、是迄の「地獄」の事も此の人に云う必要は無い。
――――何より、僕の「主」では無い。

「若(も)し、今居る人の所を抜けたいなら私を頼って欲しい。大事な友人の――――」
「其れ以上、「昔の僕」の事を云わないで下さい。お酒、有難う御座います」

足早に部屋を出て、お兄さんに今回のお酒を渡した。社長が何か云いたそうな目をしていたけれど、僕には関係無い。
如何しようも無い感情が沸き上がって、お兄さんには先に帰って貰った。
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