空ハ青ク澄ンデ

□第二十八話
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"俺の記憶に無い"。此の言葉に反応した中島敦が俺とシグマを交互に見た。
シグマは怪訝そうな顔をして俺を見上げた。

「……如何云う意味だ?」
「簡単な事だよ、俺には「本」が通じない。探偵社が無実だと云う記憶が残っているし、此のカジノが出来たのが「つい最近」だって事も知ってる。其れも、俺が寝ていた十日の間だってな」

俺は無意識にシグマを睨み付けていた。自分の中で、怒りが込み上がって来る。探偵社を知っているからこそ、余計に。
深呼吸をして、一旦落ち着く。冷静にならなければ、何を遣らかすか判らない。
目の前の白い男は俺を見て愕然としていた。

「お、前、は……」
「俺は戦闘員じゃない。My name is Frances・Scott・Fitzgerald.(俺はフランセス・スコット・フィッツジェラルド)」

態と英語で名乗る。本名を掴まれると、上に居るだろう≪猟犬≫にも気付かれるのが早くなる。
まあ、立原道造が居る時点で気付かれても怪訝(おか)しくないが悪足掻きだ。

「ホーソーンを、回収しに来ただけだ。何時までもドストエフスキーの駒にしておきたくないからね」

後ろを振り返ると、ホーソーンが夜叉を『緋文字』の鞭で叩き斬っていた。解除する前に夜叉が消えた事で、体力がごっそりと持って行かれて『白鯨』に膝を付く。

「『金色夜叉』、斬っちゃったの?流石ホーソーン」
「次は貴方です。云いましたよね、血塗られた舞台から降りて頂くと」
「俺も云ったよ……、アンタを捕まえると」

『白鯨』から心配そうな雰囲気を感じる。大丈夫、未だ行ける。
此処でホーソーンを捕まえれば、ドストエフスキーの足止め位にはなるのだから。

「『怒りの葡萄』」

鞄に持っている小説から蔦が次々にホーソーンへと伸びて行く。ホーソーンは片ッ端から撃ち落としていて、正直捕らえ切れない。
是だけでは足りないと思った俺は次の異能力を口にした。

「『羅生門』」

蔦に加えて、服が変化した触手もホーソーンを追う。ホーソーンが打ち漏らす数も増えた。

「夜宵様……!」
「手加減なんかしないし、必死にもなるよ。絶対にアンタを此処で捕まえてやる」

ホーソーンが、俺に手を伸ばそうとしている。其れは、組合時代の彼にそっくりで。
……別れる間際の、あの表情其の物で。

「お止めなさい」
「嫌だよ」

一瞬眼前が真っ暗になる。眠気が襲ってきた。異能力の四つ同時使用は無茶だった。
否、判っていたけどさ。
グラッとしたけれど、持ち直す。確りと歪んでいく視界にホーソーンを刻み込む。

「つ、かまえ、た!」
「ッ」

ホーソーンに何重も蔦と触手を絡ませた。身動きどころか口も開けない様に。
漸く動きを止めた所で、フッと息を吐く。

「あ」

やり遂げた瞬間に気を抜いた。ふらりと傾いた時点で、何が起きたか悟った。

「ッ」

ホーソーンが目を見開いたのが見える。中島敦の声が聞こえる。でも、少し眠い。

「フィッツジェラルドに、怒られるな」

莫迦かな、俺は。何しに来たんだっけ。
ホーソーンを取り戻しに来たのに、ホーソーンを捕まえるだけで終わるとか。
洗脳を解いて、其れから……。

「夜宵様!」

ホーソーンの必死な声が聞こえる。俺は笑った。嗚呼、「何時ものアンタ」に戻ったんだって。
普通に考えれば何時もの「俺にだけ解除される反応」だって判るのだけど、今はぼんやりとしていた。

――――落ちる。
速度を上げて、風を切って。
何処か心地好い気がするのは、何故だろう。
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