空ハ青ク澄ンデ

□第二十話
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外は矢ッ張り晴れ渡っていた。綺麗な青空だ。
人通りの多い所を流れに沿ってフラフラと宛ても無く進む。

公園に着くと、椅子(ベンチ)に腰かけた。陽の光が眩しい。
目の前に見える赤い幻覚は、前より薄くなっていた。

「休憩かい?」

忘れた事の無い声が聞こえた。寒気がして、思わず背筋が伸びる。
振り返るのが恐ろしくて、其の儘動けずにいた。

「――夢に迄、見る様になってしまったと聞いたよ。嗚呼、眠れていないね。隈が有る」
「アンタ……!!」
「だから云っただろう?好奇心は身を滅ぼすよ」

今日はあの派手な服ではなかった。其の彼は俺の頭を撫でた。
何なんだよ、アンタもドストエフスキーも……!!
感情が爆発してしまいそうな俺に、彼は俺と目線を合わせて手を握った。

「大丈夫、君の手は未だ真っ白だよ。殺したのは私だ。恐れる事は無い」
「優しくすんな……ッ!」

吐き捨てる様に云ったのに、彼は穏やかに笑っていた。そして其の口で、残酷な言葉を口にした。

「然う、悪いのは全部私だ。私の所為にして」
「違うだろ!」

俺は彼の胸倉を掴んだ。思う程力が入らず、唯握り締めただけの様になってしまったが。
驚いた彼は目を丸くして俺を見下ろしていた。

「アンタは神か!?違うだろ!?俺に与えられた「理不尽」全てをアンタの所為にして解決する訳でもない!」
「強いね、君は」

彼は俺を「強い」と儚く笑った。誰が強いもんか。強かったらこんな心的外傷(トラウマ)なんぞ吹き飛ばしてるに決まってんだろうが。
憤っている俺を余所に、彼は空を見上げて呟く様な声で問いを口にした。

「此処でクイズだ、少年。君は鳥籠の鳥を如何思う?」

急な問いに、何が云いたいのか俺には判らなかった。でも、此の男がどんな心境で云っているのかは判る様な気がした。
だから俺は答えた。

「安全だな。同時に窮屈だ。アンタは自由が欲しいか?」
「欲しいね」

其の問いだけで、何となく判った様な気がした。此の男が俺を気に掛ける理由が。
俺は空を見上げて飛んでいる鳥を見た。優雅に飛んでいる大きな鳥は、此の男にとって羨ましい物なんだろう。

「俺は自由なんぞ要らん。自由にしていて殺されるのは御免だ」
「成程、君は鳥籠を選ぶのか」
「条件次第だがな。注文は多いぞ」

君らしい、と彼は笑った。落ち着いてきた俺は、頭の中を整理した。此奴は自己申告した様に人を殺した。
其れに対して、罪悪感が有るか如何かは知らない。興味も無い。知って如何する訳でも無い。

「小栗虫太郎は、連れて行ったのか?」
「大正解」
「なら、残る厄介な駒は俺だけだな。始末するのか?」
「するなら、あの時してると思わないかい?」
「だろうな」

じゃなきゃ、逃がす意味が判らない。ドストエフスキーと同じく、彼等は俺を殺す心算は無い。其れだけは確信出来た。

「今は、君を迎えに来る時ではないよ。きちんと君を迎えに行く。だから、待っておいで」

彼は俺を抱き締めた。其の時の彼が、少しだけ震えているのに気付いた。

「アンタ――――」
「御免ね、君に血を見せる心算は無かったんだ。本当だよ」

其の儘、今度は俺では無く彼が消えた。名前を聞き損なったあの男は、ドストエフスキーと同じ物を感じさせた。

「……アンタの所為じゃねえって、云っただろ」
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