空ハ青ク澄ンデ

□第二十九話
3ページ/3ページ

其の後は特に何も聞かれず幾つか扉を開け、次の扉を開けようとした際に其れは起こった。
聞いてる此方が不安になる程喧しい振鈴(ブザー)と共に、機械音声が流れる。

「無効な入力番号です」

扉が閉まっていく。其の前に脱出しようと、ドストエフスキーは中原中也へ破壊するよう指示した。だが、中原中也には破壊出来ていない。

「対異能……。流石、異能力者を閉じ込めるだけはある監獄だな」
「暢気ですね、貴方は」

苦笑されている間にも、今度は水が溢れ始めた。水に濡れていくのが気持ち悪い。後気付いたけど、未だ女袴(スカート)の儘だから多分物凄く気持ち悪い。
正直、此の儘なら俺が真っ先に死ぬと思われるので、退避方法は探したい所だ。本も濡れてしまっては使えない。如何した物かと周囲を見渡す。
ちなみに『外套』は不可能だ。俺は此の場所を知らない。何処へ繋げて善いか判らないから使えない。

「……ッ」

不意にドストエフスキーの声と同時に爆発音がした。振り返ると、ドストエフスキーが手を押さえていた。

「如何した?」
「解錠番号(パスワード)を変えられました。回線まであちらの手の内です」

回線。
然う云われた瞬間、一つだけ脱出方法を思いついた。然(しか)し、其れを此処で遣って善いのか判断は出来なかった。

「夜宵、此の水を飲んではなりません」
「え?」

僅か数分で腰以上の高さになり、ドストエフスキーが云った。唯の水だと思っていたが、ドストエフスキーは何か警戒している様に見えた。

「これは重水です。多量に飲むと死ぬ程の有害物質で構成された水ですから、絶対に飲まないで下さい」

本当、犯罪者を殺しに来てんな。此の監獄。
俺は冷や汗が流れた気がした。既に本が濡れそうで困っているってのに、毒の水だと?

「俺、アンタ達みたいにこんな状況で対処とか出来ないんだけど……?」

何で置いて行ったんだよとゴーゴリに文句を云っていると、ドストエフスキーも溜息を吐いた。

「其れは其の通りです。絶対に貴方を死なせる心算は無いので、ぼくの云う通りに動いて下さいね」
「俺がアンタを疑う訳無いだろ」

云った直後、俺は中原中也に抱えられていた。最優先対象が俺になったらしく、腰に手を回されて確(しっか)りと支えられていた。

「え、何コレ」
「其の儘で居て下さい。安全なので」

然う云われ、大人しくしていると水は肩まで到達しようとしていた。
もうすぐ口に当たるのではないかと思うと、少し恐怖が迫って来る。

「来ますね」

ドストエフスキーが然う云うと一点を睨みつけた。

「聴こえるかい?ドストエフスキー」

部屋の中に太宰治の声が響き渡る。姿は無いし、明らかに拡声器を通した音である点からして、何処かから集音器(マイク)を使って話している。

「もうじき溺れ死ぬ気分は?」

楽しそうな響きさえ感じさせる声に、ドストエフスキーは少々不快そうな表情を見せた。

「ぼくは殺せませんよ」
「いいねえ、その反応。だが、どう脱出する?」

太宰治の声は淡々と、俺達には脱出不可能だと述べた。唯一つ、俺に斯う云った。

「君なら出来るかもしれないけどね。鷹嶋君」

云うとは思っていた。ドストエフスキーと同じ方向を見て、俺は笑った。
是は交渉でもあり、俺の生死に関わる遣り取りでもある。情報を一つでも多く得る事が今すべき事だ。

「アンタ達の賭けの詳細は聞いていない。俺が介入して善い物なのか?」

段々と上がる水に恐怖が込み上げて来る。是は過去一死ぬ気がしている。そんな俺が今笑っていられるのは、此の見掛け倒しの虚勢を張っていられるのは、俺を支える腕の存在だ。

「うーん、遠慮して欲しいかなァ」
「なら、一刻も早く俺だけ離脱したい所だがな」
「其れはゴーゴリが居ないから無理だね」

明らかな離脱不可宣言に、俺は溜息を吐いた。巻き込まれにしてもとんだ災難だ。

「Knock, and it shall be opened to you.」
門を叩け、さすれば開かれん。

「無理だね。其の扉は開かないんだ」

「Seek, and you will find.」
尋ねよ、さすれば見出さん。

「其れも無理かな。答えられる事は何も無いよ」

「Ask, and it will be given to you.」
求めよ、さらば与えられん。

ホーソーンに習った言葉通りに、俺は紡ぐ。
最初から出来るとは思っていない。抑々(そもそも)俺は聖徒(クリスチャン)じゃない。
其れでも口にしようと思うのは、無駄と判っていながら口にするのは、俺が≪組合≫の者である事を。≪組合団長の所有物≫である事を証明したかったから。

此処で死ぬとしても、俺はポートマフィアでも死の家の鼠として死ぬのでもない。
何方(どちら)でも無いし、俺は本来「此処に居る立場では無かった」事を証明したかった。

「与える物は、何も無いよ」
「I'm Fitzgerald's daughter.」
俺は、フィッツジェラルドの娘だ。

然う宣言すると、太宰治の口笛が聞こえた。
精々高い代償を如何(どう)支払うか考えれば善い。
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ