空ハ青ク澄ンデ
□第十六話
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薬の瓶をフィッツジェラルドに渡したらしく、フィッツジェラルドの驚いた様な声が聞こえた。
「未だ賭けは続いています。此の後、此の男が貴方を見付けられなければぼくの勝ちです。忘れた訳じゃないでしょう?」
「……そうだな」
「若し見付からなければ、予定通り此方の者が貴方を迎えに行きます」
其の言葉を聞き、目を閉じる。瞼の奥に浮かぶのは、フィッツジェラルドや探偵社。……そして、今会話をしているドストエフスキーの表情だった。
「俺も、諦めないよ。ドストエフスキー。フィッツジェラルドは俺を見付けるだろう。そして、俺はアンタを手に入れる」
「強欲ですね」
「そんなの最初から分かってただろ?アンタが壊したホーソーンを欲しがってる時点で」
其処で又相手が変わった。通信機の向こうで、銃を向けられた音がした。
「異能特務課の坂口安吾です。貴方は?」
「組合団長、フィッツジェラルドの所有物。鷹嶋夜宵」
「成程、貴方が」
俺は少しだけ我儘を云う事にした。彼が其れを許してくれるか如何か分からないけれど。
「其の男(ドストエフスキー)と俺は賭けの最中だ。俺は命を、其奴は其奴自身を賭けてる大博打だ。捕えるのは自由だけど、此の通信機だけは渡しておいて欲しい」
「出来ませんね」
「だろうな」
フッと俺は笑った。捕えた相手に、然う云う事はしねえよな。
ドストエフスキーは危険人物だ。情報一つですら脅威となる。
「なら、アンタが此の通信機を持っていて欲しい。賭けの結果を、其の男に伝えられる様に」
「……其れなら善いでしょう」
「有難う」
刹那、寒気が俺を襲った。此れから昼だと云うのに夜風に吹かれた様に寒い。
「矢っ張り、一寸待って。ドストエフスキーに、聞きたい。……寒気、してきた」
「!」
坂口安吾は其れをドストエフスキーに伝えたらしい。少しして、周りが少し騒ぐ声がしながら坂口安吾は答えた。
「毒薬の初期症状だそうです。思ったよりも、進行が早いと」
「あーあ……。此の儘じゃ、本当に死ぬな……。寒い」
死んでも善いんじゃないか。
理由も分からず、行き成り此の世界に飛び込んで。
何度も命を脅かされそうに成って。
此の横浜で、平和に平穏に。手を汚さず、怪我をせず。そうして生きていたいと。
そんな夢も、終わりにして善いんじゃないか。
俺は疲れ果てたからなのか、そんな事を考えていた。
「彼が「絶対に許さない」と伝えてくれと云っています。何の事です?」
ドストエフスキーには俺の考えはお見通しだったらしい。
俺は笑って、口を開いた。
「死んでも善いかな、と思った」
坂口安吾の、息を呑む音が聞こえた。