空ハ青ク澄ンデ

□第十五話
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連れて来られた場所は、地下かと思えば高層建築(ビル)の一番屋上の広い部屋だった。
大きな窓から横浜の綺麗な街並みが見えて、綺麗な青空も近い。

「……此処に居ろって?随分快適だな」
「こんな事に使うとは思ってもいませんでしたよ」

ドストエフスキーは俺に通信機らしい機械とイヤホンマイクを渡した。

「必要なら、此れを使って下さい。ぼくに繋がっています」
「……賭けの結果云う位だと思うけど」
「『合図』も流れていますよ」

『合図』。其れは、ドストエフスキーが利用したラジオ番組の事だろう。
音楽は嫌いじゃない。後で聞くとするか。
大きな硝子の窓から、外の景色を眺めていると張りつめたドストエフスキーの声がした。

「夜宵」

其れは、初めて呼ばれた俺の名だった。驚いてドストエフスキーの方を見ると、泣きそうな……切なそうな顔をしていた。
複雑な感情を抱いて、俺を見ている。

「……如何、したんだよ?」
「貴方が、心配です」

ドストエフスキーにしては珍しく直球な物言いだった。

「……そりゃまた、直球な……。俺は死なない、死ぬ訳にはいかない。死ぬんだったら、既にホーソーンに襲われたあの日に死んでるよ」

賭けの事を云っているのだ、と俺は思って笑っていた。死ぬ心算も無い、死ぬ訳にはいかない。其れが俺だから。

でも、ドストエフスキーは「其れも、然うですね」と微笑った。
未だ、何処か思う節があるらしい。……其れが何なのか、俺には分からない。
「原作外」の事なんて、俺に分かる筈も無いから。
思えば、何だか此奴に色々狂わされている様な気がする。

「なァ。……ミッチェル、治ってるかな。俺の事、憎んでるだろうか」
「如何でしょう。非道い怪我だったのは確かです」
「ミッチェルも、ホーソーンも、俺にとっては大事な人だ。賭けに関係なく、もう二度と二人を使い捨てないでくれ。……彼等は、俺を初めて無償で護って呉れた人なんだ」

ドストエフスキーは目を見開いたが、「はい」とも「それは出来ない」とも云わなかった。
ただ、曖昧に笑って誤魔化した。
其れは、「約束出来ない」と云う事なのだろう。場合によっては使い捨てる。
然う云う事なのだろう。

「そろそろ、時間です。ぼくは此れから移動します」
「嗚呼。……最初で最後の大博打だな」
「然うですね」

俺は小瓶を開けた。そして一気に中身を飲み干した。
其れを、ドストエフスキーは自分が毒を飲む様な表情で見ていた。

「後、五時間。俺が勝つか、アンタが勝つか」
「ぼくが勝って見せますよ」
「御勝手に。俺は、フィッツジェラルドを信じてるから」

ドストエフスキーの姿が扉の向こうへと消えていった。
此れから一人、此の部屋でフィッツジェラルドを待つ。アンタが迎えに来るのを、俺は信じているから。

敗ける気は、正直してない。でも、若し。
若し俺が敗けたなら。俺は解毒薬を絶対に飲まない。俺は然う決めていた。

フィッツジェラルドを裏切らない。然う俺から持ちかけて契約した。だから、俺から裏切る訳には行かない。
其れは、契約したからじゃない。フィッツジェラルドが俺にとって、此の世界で一番無償で信じられる人間だからだ。

だから、アンタに捨てられるまで俺はアンタの所有物だ。

「フィッツジェラルド……」

もう随分前の事の様に感じる、組合での日々を思い出しながら俺は通信機のイヤホンを耳に着けた。
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