空ハ青ク澄ンデ

□第十四話
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「彼の男の、元か……」

社長の呻くような声に、俺は俯いた。此の人は俺をドストエフスキーから守ろうとして呉れていた。

「済まない……。貴兄を守ると、云ったが此の有様だ」
「アンタの所為じゃないよ。云っただろ、ホーソーンを止められなかった俺の所為だ。自業自得だよ」

俺の、自業自得。俺が連れ去られるのを阻止したかったら、あの時「鼠の所には行くな、近衛騎士長の所に行け」と云えば良かったんだ。
≪時計塔の従騎士≫なら、屹度(きっと)ミッチェルを助けるだけの力が有った筈だ。二人を使い捨ての道具の様に利用する事も無かっただろう。

変わり果てたホーソーンを思い出しながら、俺は社長の方を向き直った。最後に、一つだけ個人的に云いたい事が有った。

「ねえ、福沢さん。約束もだけど、俺自身の願いも……序(つい)でだし云っとく。

森鷗外に何を云われても、其れが横浜の街の為だとしても、アンタは死んじゃいけない。アンタを生かす為に動いてる社員を、忘れるな」
「……」

返事は無かった。出来ない約束はしない。社長らしいな、と思った。

「福沢さん。俺、アンタの下で働かなくて良かったって思うよ。俺、唯の普通の、……アンタが云う様に、子供なんだ。
誰かを掌で弄んだり、誰かの命を背負ったりなんて、俺には出来ない。……アンタの下に居たら、屹度……俺は直ぐ死んでただろうな、心配で」
「……其れは、残念だな」

俺と社長は笑った。久し振りに、俺は笑う事が出来た。

「ねえ、社長。社長命令に背いたからって、罰則(ペナルティー)を重くしたら駄目だよ。社の人間はアンタが守る。街の人々は探偵社が守る。でも、アンタは一体誰が守ってくれるのさ?」
「……」

最後の問いに、返事は無かった。社長としての尊厳が然うさせるのだろうか。
「じゃあね」と一言呟いて俺はアンの部屋を出た。
ドストエフスキーは未だ戻って居なかった。間に合ったか。

「おや」

安堵して息を吐いた時、ドストエフスキーが戻って来た。俺を見て困った様に笑っていた。

「異能を使いましたね?」
「……使ってない」

自分でも酷い嘘だと思う。眠たくて、今にも夢の世界へ行ってしまいそうだ。
苦笑する声が聞こえた。ドストエフスキーが俺の頭を撫でる。

「そんなに眠そうにしていたら分かりますよ。何も聞きませんから、今はお眠りなさい」

ドストエフスキーは然う云って、俺を横にして目を掌で覆った。眠りたくない、と思っていても異能力の代償には抗えず眠りに落ちた。
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