空ハ青ク澄ンデ

□第一話
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それから数日して、何時もの様に無銭飲食をし、服を調達してホテルに泊まろうとしていた時だった。
勿論、是迄一円も使っていない。

「人食い虎が此方の方に来ているんですって」

人食い虎。原作が始まった、と感じた刹那。
俺の腕が震えた。――――始まった。
眩暈を感じながら部屋に向かう。
柔らかな寝台(ベッド)の上に横たわって考えた。

最初、人食い虎……人虎こと「中島敦」は太宰治によって救われる。其れから直ぐに彼に懸賞金がかかる。

彼に懸けられた賞金、七十億。懸けたのは英国の異能力組織「組合(ギルド)」団長、フィッツジェラルド。

彼等が未だ、「ポートマフィア」に人虎捕獲を依頼している間なら危険は無い。
だが、彼等が此の横浜へ辿り着いた時――――……
一般市民でも、安全はない。非常に危険な状態となる。

俺の異能力『創造』で逃げ回る事は出来る。ある意味最強の異能力だ。『細雪』でも『金色夜叉』でも『月下獣』でも使って逃げれば善い。
だが……其の場合、俺の異能力がバレて捕まるのも時間の問題となる。
俺の異能力は危険すぎる。取り込んで自分の組織に置いておきたいと思うのが当たり前だ。

武装探偵社には太宰治と江戸川乱歩。
ポートマフィアには森鴎外。
組合にはルイーザ・メイ・オルコットとエドガー・アラン・ポオ。
そして……其の先には、あの男も居る。

あの男を思い浮かべた瞬間、途轍もない寒気がした。あの男は異能力を罪だと云う。俺の異能力は最も罪深いと云われるだろう。

あの男が出て来る迄に、動かなければならない。
先ずは動く機会を図ろう。然う思った俺は目を静かに閉じた。
「あの場面」が何時来るのか調べなくては。此の横浜が戦場になる切欠となった「あの場面」を。

「『天衣無縫』」

俺は其の場面を思い浮かべた後、異能力名を呟いた。其の途端、一瞬だけの未来が見えた。―――未だ先か。俺は未だ、此のホテルの寝台の上に居た。

然う、此の『天衣無縫』を使えば多少は避けられる。未だ暫くは、此の場所から逃げ回ろう。
未だ一般人で居たい。

俺は、此の横浜で生きていくんだ。
怪我する事なく、此の手を汚す事無く
平和に、平穏に。
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