泣き虫DAYs
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ピキ_______ッッッッ!!!
「………………!!!」
大戦闘を繰り広げていたクロウリー男爵とラビ。
未だ状況を分かり得てない彼を説得するのに、ラビは同じエクソシストを攻撃していた。
だが、そんな不毛な現場に新たな変化が訪れる。
「うあ"あああ……ッッ!!
ぐがががが…………ッッッッ?」
「!!」
不意に、クロウリーが頭を抱えて蹲った。
頭痛でもするのか、先程までの勢いも無くしその場に膝をつく彼。
ラビは拍子抜けしたように槌の先を下げた。
「おぅい、どしたぁ?」
あらあら、と様子を見守る間も、踠き苦しむクロウリーは、ついに背後の木へと寄りかかって、顔を抑え始めた。
「ふぎぎききぎぎ…………ッッッッ、
がはっ、はあああっ!!
ぐっそぉ……………………!!
燃料切れかぁあああッ!!!」
激しい体の異変。
クロウリーの体は、血を求めていた。
(エリアーデの血を、もっと吸っとけば……!)
クロウリーは、数時間前に吸った彼女の血の味を、鮮明に思い出していた。
_______それは、アレンたちが屋敷へ足を踏み入れる少し前のこと。
「ゲェエエエエ…………
おぅえ"ぇえええ……………………ッ」
大きな嘔吐の波に、全身が揺さぶられているようで、気持ち悪かった。
今なお舌に残り続ける芳醇な血の香りと、自らが殺した村人の断末魔が、クロウリーを激しく衰弱させていた。
この時、彼は打ちひしがれていたのだ。
やはり、自分は化け物なのだと。
人を殺し、その生き血を啜ることでしか、生き永らえられない化け物____。
「ハア…………ハア…………」
洗面台に手をつき、必死で口内に蔓延る血の味を流そうとする。
そんな吸血鬼の姿は、実に哀れだった。
不意に、声が掛けられる。
「お帰りなさいませ、アレイスター様……」
愛人の、エリアーデである。
「どうされたのです、そんなに慌てて?」
彼女は、クロウリーの傍に転がった男の亡骸を見て、事も無げに「あらま」と零した。
「エ、エリ…………
エリアーデ……………………
わ、わわた、私は……また…………
きゅきゅきゅ、…………吸血鬼に、なってしまったである……………………」
エリアーデを振り返ったクロウリーの目には、大きな涙が浮かんでいた。
「も……もしもし……?
…………もしもぉ〜し?
いいいっ、生きておりませんか……………?」
窓からは、美しくも荘厳な満月が、彼らを見つめる様に冷たく光っているのが見えた。
暗い部屋の中で、その光のみが、死体と吸血鬼を浮かび上がらせている。
必死で死体に問いかける吸血鬼の、その滑稽な様。
「もしもし?
いいいっ………………
生きておりませんかぁぁー……??」
ゆさゆさと体を揺らしても、ピクリとも動かぬ村人。
既に事切れているのだから、当たり前なのだが。
しかし、そんな現実は認めないように、先程からずっと虚しい呼応を試みている。
「もしもし……」
「死んでますわ、アレイスター様。」
見兼ねたエリアーデが、男の手首を持ち上げ脈を見、事実を伝えた。
そうしてやっと、クロウリーは涙を零し呼びかけを止める。
「コレはまた、あそこに埋葬しておきましょう。」
今回が初めてでは、無かった。
何度も、クロウリーは亡骸を抱え、城に持ってきていた。
毎度の事ながら、死体の処理はエリアーデが行い、クロウリーは途方に暮れ泣き崩れる。
戦闘モードから1度離れれば、彼は至って気弱な、ヘタレの男へと変貌するのだ。
「わわ……わたっ…………
私は………………っ
ななな…………なんという化物に…………っ!
に、庭に…………討伐隊が来ていた…………
わわ、私は…………村人たちに、完全に嫌われてしまったである…………」
つぅっと一筋、雫が流れる。
自分で殺めたくせに、我に返ると途端弱っちい人格になる。
そして、そんな人格で息衝く、温かな心も、エリアーデは好きだった。
手を顔に押し当て、男泣きをするクロウリーに、エリアーデは抱きついた。
「仕方ございません、アレイスター様。
だってあなたは、」
深い慈愛と、潜む枯渇の闇に、いつだって苦しんだ。
激しい苦悶のなか、僅かに残った愛は、たった一人に注ぐと決めた。
それすらも、神は赦してくれぬのだろうか?
「__________吸血鬼なんだもの、」
ギッ、と牙を剥き出しにして、エリアーデの白い肩を狙う。
だが、その牙はぶるぶると震え、少しだけある理性によって、バッとすぐさま後ろへ飛び退く。
自分はいま、何をしようとした?
「わわっ、私に……ち、近づいてはダメだ。
エ、エリアーデ…………。
わ、私は、…………っ、あなたを……………」
天井に張り付き、自身の牙が彼女を傷付けぬよう、細心の注意を払って、クロウリーは言った。
「あ、あ……ああ…………
ああっ、愛……………………っ!!!
あい……っ、」
真っ赤になった顔。
小心な彼にとって、甘い囁きはハードルが高かったようだ。
そこで、エリアーデが後を継ぐ。
「愛してますわ、アレイスター様。」
その瞬間、ブッ、と鼻血を出し、足を滑らせたクロウリーが地面に激突する。
「うげっ!!!」
無様なその様子すら気にすることなく、エリアーデが擦り寄ってきた。
そして、そっと言うのだ。
「ずっと、ふたりでこの城で暮らしましょう。
アレイスター様…………。」
そうすることができるのなら、どんなに幸せか。
羽のように軽いキスを交わして、エリアーデはぼんやりと考えていた。
「そとの奴らのことなんて…………
もう、どうでもいいじゃないですか。」
やはり、月はその光をもって、
愛し合う二人を咎めているようだった。
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