泣き虫DAYs

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「……スゴイ」



ゴクリと息を呑むアレンと、その前で目を輝かせるレイ。



「リナリー!見てよ!」



レイの興奮したような声が聞こえて、リナリーとミランダが振りかえった。





「「時計人間!!」」

「「キャーーーッッ!!」」



そこには、時計に胴体を包み、両腕を広げて顔を出すアレン。

そして、目の前でめちゃくちゃに爆笑するレイがいた。





どうやら、この時計に触れられるのはミランダしかおらず、他の人間は体が通り抜けてこちらへ戻ってくる仕組みらしい。





「これはもう、さ。
決定的だよね」



レイがにこやかに話す。
この時計は、イノセンスだと。



「そうですね……。さっきの「時間の巻き戻し」といい、これといい、

やっぱりイノセンスに間違いなさそう」



アレンもそれには賛同するが、レイが妙に嬉しそうなのが気になった。



「レイ?これがイノセンスだったとしても、それで任務終了じゃないわよ。

この街の巻き戻しを止めるまではね」



リナリーの言葉はもっともだったが、それに面白いくらい落ち込むレイ。

なるほど、これでこの任務は終わりだと思ったらしい。



(意外と抜けてるのかな……)

「あ、あの……。本当なの?
この時計が街をおかしくしてるだなんて……」



ミランダが、困惑したように時計を見たあと、どこから出したのか包丁をギラりとこちらに向けた。



「ま、まさか壊すとか……?
私の友を……」



その目は血走って殺気が窺えた。

「落ち着いてっ」
「ひいっ!」

壊すつもりだったらしいレイが、ミランダの構えに悲鳴を上げる。





まずはこの怪奇を止めなければ、というリナリーの案に、どうするべきか3人は策を練った。















本日、34回目の10月9日が始まった。



そんな事など知る由もない街人たちは、今日も今日とて何気ない日々を暮らしていた。





「はーい、いらっしゃいいらっしゃーい」


そんな、一見平和な街に、威勢のいい声が響き渡る。

道の脇でパフォーマンスを披露するピエロが、道行く人々の注目を集めていた。

玉乗りの上に、ナイフやらボールやらを器用にくるくる回すカボチャの面の人間。

そんな卓越した技を披露する道化師が、わらわらと人を集めていった。



「ピーテル劇場のホラー演劇<カボチャと魔女>は本日公演〜ん♪」



彼の仕事は劇の呼び込みらしい。
隣でチケット配りをする女は、魔女役だろうか、とんがり帽と黒いワンピースを着ている。

引きつった顔とどことなく暗いオーラが、本物の魔女のようで、集まった子どもたちに大ウケしていた。



「チケットいかがですか〜?」



評判となった2人のおかげで、公演は大盛り上がりだったそうだ。

愉快そうな団長が賞賛と慰労の言葉をくれた。



「売り上げ良かったら正社員にしてあげるよ!」

「ホントですか!?」



アレンの声が、カボチャの中からくぐもって聞こえる。

実は、この呼び込みの仕事はミランダの就職先を見つける為にやりはじめたのだ。

時計の怪奇の原因となったミランダが、前向きな気持ちになれば巻き戻しも止まるのでは、という作戦。



なかなか良い兆しが見え始めた頃、休憩を貰ったアレンの元へリナリーが来た。










「どう?この仕事は。」

「うまくいったら正社員にしてくれるそうですよ」

「ホント!?」



予想外に上手くいってるようで、リナリーも喜ばしい限りだった。

今まで、5件もクビになっていた一同としては、今回に頼るばかり。

喫茶店での1件以来、アクマが現れなくなったのも不安になりつつあるし、早々に決めたい限りなのである。



ふと、思い出したように彼女が言った。



「それにしても、アレンくんって大道芸上手だね」

「僕小さい頃ピエロやってたんですよ」



バランスボールを逆さまで乗りこなす彼は、意外な過去を持っていたらしい。



「育て親が旅芸人だったんで、食べるために色んな芸を叩き込まれました。

エクソシストになってそれが活かせるとは思ってませんでしたけど、」



アレンの表情は、カボチャの影に隠れて見えなかった。





「じゃあ色んな国で生活してたんだ!いいなぁ」


リナリーは羨ましそうに言うが、実際そうでもない。

ジリ貧だったと零すアレンは、話題をリナリーに変えた。



「リナリーはいつ教団に入ったんですか?」



リナリーはちょっとだけ、寂しげな笑みを浮かべた。



「私は、物心ついた頃にはもう教団にいたの」



適合者だと分かった人間は、黒の教団に強制的に連行される。

たとえそれが、小さな年端も行かぬ少女だったとしても、例外ではない。

リナリーの両親はアクマに殺され、コムイと二人きりのところを、無理やり連れていかれたという。

唯一の肉親であったコムイと引き離され、自由に外も出られないような生活は、まるで牢獄のようで辛かった。





___気が触れてしまったか……___





__縛りつけておかないと何をするか分からない__


__絶対死なせるな。外にも出すなよ__


__大事なエクソシストなんだ__





ベッドに縛り付けられ、道具のような扱い用。





「……ぇ……、……し……て…………」





「おうち…………かえして…………」





ボロボロになったリナリー。



遠き日の家族を思い出して、一筋の涙を流した時。








「ここがおうちだよ」








ベッドの横には、兄がいた。



白い、リナリーを拘束していた人間と同じ服を着て。





___遅くなってごめんね

…………ただいま___








「……3年ぶりだった。
コムイ兄さんは、私のために<科学班室長>の地位について教団に入ってくれたの」



<室長>という地位は、決して低くなどない。

たくさんの勉強をしても、多くのものを捨てねばならぬ、そんな立場。

だが、コムイは大事な妹のため、ずっと一緒に居られる場所まで死ぬ気で登り詰めたのだ。










「すごいなぁコムイさん……」



彼の凄さと愛を、初めて知ったアレン。

素晴らしい兄妹愛に、じーんと感動していた。

いつもはアレだけど、という一言も付いて。




「___だから私は、兄さんのために戦うの」




力強いリナリーの瞳は、まっすぐと前を向いていた。


「兄弟かぁ……いいなぁ」


カボチャを付けたまま、深く感傷に浸った。















「あっ、そういえば、レイいませんね」



何となく、不思議な空気を持ってるレイの話も聞きたくなったが、彼女がさっきから居ないことに気付いた。



「レイは失敗しちゃった時の新しい仕事探してるの」

「用意周到……」



辺りを気にしていたアレンに、彼女の行方を教えたら、感心したように言った。





「私ね、レイって神田に似てると思うのよ。」





意外なリナリーの発言に、アレンは言葉を詰まらせた。

レイが?あの神田に……!?

心積りが読めなくて、思わず変な顔をしていたと思う。

それをちょっと笑った後、リナリーが続けた。



「やっぱり、同じ日本人だからかな」



それにも更にビックリした。



「えっ!?レイって日本人なんですか!?」



「あの髪と瞳じゃ、そうは見えないでしょ。
だけど、レイが初めて教団に来た頃、出生を調べたのよ。

リーバー班長が言うには、間違いないと思う。」



プラチナブロンドの髪なんて、どこの国にもそうはいないし、ましてや浅緑の瞳は本当に希少な部類だと思う。



「髪は染めたとか?カラコンなんですか?」



神田の黒髪と黒目を思い出してリナリーに聞いてみたが、どちらも元からという。

ますます謎めいてきた……。








「……あの髪と、目はね………………、……」





ふと、彼女が口を開いた。

だが、その先の言葉が出なくて、アレンはその話を言及するのをやめた。



リナリーの目が、暗く重たい色を帯びたように見えたからだ。





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