だからどうした
□32 愛を感じたから
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少々乱暴に玄関を開けて、靴を脱ぎ捨てて部屋に直行。その勢いのまま智樹さんをベッドに押し倒す。
下にある戸惑った様子の表情は俺の理性に呼び掛けているようにも見える。でも俺の中のちっぽけな理性は靴と一緒に玄関で脱ぎ捨ててしまった。
だからかろうじて余裕がある今のうちに謝っておくことにした。
「ごめん。今日は抑えきかないかも」
今日は、というかいつもきいてないような気がするけど。
そう思ってる間にも俺の手は強引に服を脱がし始めるから、今日はいつもより抑えがきいていないことを改めて自覚した。
だって以前からお願いしていたこととはいえ別に催促していたわけじゃないし。しかもあんな状況で、あんな声音で名前を呼ばれたら、我慢なんてできるわけがない。
ここまで我慢できたのが自分でも不思議なくらいで、俺としてはあそこでおっぱじめなかったことを褒めてほしいくらいなのに。せめてベッドまで、と玄関でも我慢したことを褒めてほしいくらいなのに。
なのになんで智樹さんの手は俺の手を止めようとしてるんだ。
「ちょ、っ、吉井君、待って」
「……」
残念ながら俺はもう吉井君じゃ返事はできない。
首筋に何度も唇を落としながら、服を脱がせる手を進めていく。
智樹さんの手の力は抵抗と呼ぶには弱く、簡単に服を脱がせることができた。それを放り投げて次はズボンのボタンに手をかける。しかし興奮のせいか手が震えて外せずに苦戦していると、また智樹さんの手が俺の手を止めに来た。
でも相変わらずその手には力が入ってなくて。
もしかして智樹さんは力ずくで止めることより俺が自主的に手を止めることを望んでるんじゃないかという考えに至った。
だけどさっきも言った通り抑えがきかないから、わかっていても手は止まらない。
「吉井君っ、待って」
「……」
「本当に、ちょっとでいいから待って……っ」
ボタンが頑固なのか、俺が不器用なだけなのか、なかなかボタンを外せない。
「よしい、くんっ」
「……」
そうしてやっとボタンを外せたと思えば。
「っ、雅孝……!」
智樹さんがやっと俺を呼んでくれた。瞬間、あれだけ止まらなかった手がピタリと止まった。
俺の手が完全に止まったのを確かめるためか、智樹さんは少し間をあけてから声を発した。
「……こっち、向いて」
その声は微かに震えていて。恐る恐る体を離して顔を見ると、智樹さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。途端に手だけではなく体も動かなくなる。おまけに心臓も一瞬止まったような気がした。
どうしよう何やってんだ俺、最低だ。
少しの平静を取り戻し、体を起こして「ごめん」と謝る。それから玄関で彷徨ってる理性が戻ってくるまで頭の中でゆっくり数を数えながら何とか持ちこたえようとしていたら、智樹さんが俺の首に腕を回した。
鼻と鼻が触れ合う距離まで抱き寄せられ、すぐそこまで来ていた理性が遠ざかっていく。
待ってほしかったんじゃないのか。このまま続けてもいいのか。
智樹さんの意図が理解できず続けることも離れることもできなくて、智樹さんの瞳に映る自分の顔がはっきり見える距離で見つめあう。
このままこの距離で見つめ合うのはまずい。非常にまずい。
わかっているのに、潤んだ瞳にとらわれて身動きが取れないどころか瞬きもできない。
ごくり。
静寂の中、生唾を飲み込む音がいやに大きく響いた。そして智樹さんの瞳が揺れたと思えば。
「……唇、ほし、ぃ」
と、尻すぼみにねだられた。
思わぬ言葉に理解が追い付かず、素っ頓狂な「へ?」が口から漏れる。
……なに今の。唇ほしいって言った? キスしたいとかキスしてでもなく、唇ほしいって言った? え、なにそのねだり方、たまんない。
あまりの興奮に動けない俺を見つめる智樹さんの瞳はどこか心もとない様子だった。それでも智樹さんはその瞳を逸らすことなく、ただじっと俺を……というか俺の唇に釘付けで。ああ、そんなに俺の唇が待ち遠しいのか、と思うと得も言われぬ感情が湧いた。
緩む口元もそのままに智樹さんの頬を撫でる。こうするだけで心地よさそうに目を細めて熱っぽい息を漏らすんだから智樹さんの色気は破壊力が凄い。
次に顔を寄せれば、今度は身をゆだねるようにして瞼が閉じられた。
智樹さんの反応一つ一つに心をくすぐられてなんだかもう、好きが溢れて泣きそうにさえなりながらご所望の唇を献上する。
触れた智樹さんの唇は熱く、その心地よい熱に浮かされる。
そうして、ふにふに、と感触を確かめるように軽いキスを繰り返していると。
「はっ、ん……ふぅ、ん、ふふっ」
小さな笑い声が聞こえたから唇を離して「なんで笑ったの?」と問いかける。すると智樹さんは嬉しそうに頬を緩めた。
え、なにその顔。
「いや、なんというか、愛を感じたから……?」
「っ、なにそれ」
なんて顔でなんてことを言うんだ、この人は。今のこの状況を理解してないのか、この人は。ついさっきまで理性のりの字もなく暴走してた男に未だ組み敷かれてる状況でそんな顔をするなんて危機感というものを持ってないのか、この人は。
ああ、もう、ただでさえいつもいつも一杯一杯なのに。と、俺が悶えてる間にも智樹さんは照れ臭そうに目を泳がせる。
なんなんだよ、愛を感じて嬉しそうに顔を綻ばせたり、自分の言葉に照れたりして。
また俺を理性のないケダモノにするつもりか。
「……ねぇ、智樹さん」
「な、なに」
「抑えきかないかもって言ったの、覚えてる?」
「ぅ、ん」
「じゃあ、自分が何をしたのかはわかる?」
「え……や、わからない、です」
ですよね。
いや、俺が理性を鍛えればばいいことなんだけど、それは不可能だということは皮肉にも数分前の自分が証明してる。
それに理性を鍛えたところで智樹さんの無自覚な言動は俺のそれを悉く打ち砕くから、なんというかもう諦めに近い感情を抱きつつある。
はあぁ、と大きく吐いた息はその諦めか。はたまた自身を落ち着かせるためのものか。
俺の心情も溜息の理由も自分が何をしたのかも理解してない智樹さんはおろおろしてる。
こんな姿にもしっかり欲情してしまう俺が悪いのかもしれないけど。
だけどやっぱり「唇ほしい」とか「愛を感じたから」とか言う智樹さんにも原因があると思う。
もう本当に、どれだけ俺を煽るつもりなんだろうかこの人は。
そっと頬に手を添えて、いまだ不安げに眉尻を下げたまま自分が何をしたのか考えている智樹さんの意識を俺に向けさせる。
「ねぇ、智樹さん」
「な、に……?」
「自業自得だから」
「なに、が……、んっ」
お喋りタイムを終わらせるために智樹さんの言葉をキスで遮る。それからボタンがはずれて緩くなったズボンに指をかける。と、パンツが引っかかったからついでにそっちも剥ぎ取ることにした。
智樹さんはもう俺を止める気がないみたいで、されるがままに大人しく脱がされてくれた。