だからどうした

□14 好きなのやめる
1ページ/1ページ


俺が好きだと、確かに智樹さんはそう言った。期待しすぎて幻聴が聞こえたわけでも空耳だったわけでもなく、確かに俺が好きだと、智樹さんがそう言った。

まるで夢のようで、まさか現実の俺は今頃バーで酔い潰れて寝ているんじゃないかと考えたりもしたけど左手の鈍痛がそうじゃないことを証明してくれた。


「本当に?」


でもまだ信じきれなくて一応確認すれば智樹さんは頷いた。


「恋愛感情で?」


再三確認すれば智樹さんはしっかり頷いた。

最後の駄目押しに「俺のことが?」と聞こうとしたけどそれより早く智樹さんがもう一度、はっきり「吉井君のことが好きです」と言い切った。その言葉が全身に染みわたる。

俺は智樹さんが好きで、智樹さんも俺が好きで、つまり俺たちは両想いということで。感極まって思わず涙が出そうになる。

でもどうしよう、まさかこんな結果になるとは思ってなかったからこの後どうするかを全く考えてなかった。ありがとう、と言うのは少し違う気がするけどでもその気持ちが全くないというわけではないしそれ意外の言葉が今は出そうにない。あれ、俺は今まで生きてきた中で両想いだと知った数少ない相手にどんな言葉をかけたんだっけ?

思い出そうとしてみたけど今のこの状態では何も思い出すことができなかった。

どうにかしなければ、と焦る俺を助けるように左手がズキンズキンと痛みを訴える。


「……と、とりあえずコンビニ行ってもいいかな。手、冷やしたい」

「あ、ごめん、気が付かなくて」


こうして歩き出したのはいいものの俺も智樹さんも黙りこくったまま口を開こうとしなかった。

胸のあたりがさわさわして落ち着かない。念願かなって両想いになることができたというのに沈黙はもったいないような気がする。だけどやっぱり言葉が出てこない。でも、智樹さんの口からも言葉が出てこないということは俺と同じ気持ちでいてくれてるんだと思うと、何とも言えない嬉しさに包まれた。

結局会話は一つもないままコンビニに到着し、智樹さんには店の外で待っててもらって俺だけ店に入った。今は一秒でも長く智樹さんと一緒にいたいから目当ての冷凍されたペットボトル飲料だけを手に急いでレジへ向かう。左手の自由がきかなくて苦戦したけど何とかレジを済ませて店を出た。


「お待たせ」

「……左手、大丈夫か?」

「大丈夫だって。……そんなことより、さっきの話の続きなんだけど」


歩き出して、思えば互いに好き合ってると判明しただけで具体的に恋人になってくださいとかそういうことを言ってなかったことを思い出す。だから改めてそのことを言うために話を戻そうとすれば、智樹さんは何故か悲痛な面持ちで俺から目を逸らした。

恥ずかしいとか、照れるとか、そういう感じじゃない正反対の様子に落ち着きかけていた心臓が再び騒ぎ始める。

嫌な予感がする。幸せの絶頂にいたはずなのにいつの間にか目の前は断崖絶壁で、後ろに何かがいる気配がする。今にも転落しそうなそんな状況で俺の背中を押したのは、智樹さんの「吉井君とは付き合えない」というセリフだった。


「なん、で」

「さっきは勢い余って好きだって言ったけどやっぱり駄目だ。歳だって離れてるし、男同士だし、今はよくても後から付き合うんじゃなかったって思われるくらいならいっそ付き合わないほうがいい」

「なにそれ」

「俺は吉井君が思ってるような人間じゃない。いつか、絶対、俺を嫌う日が来る。それは耐えられそうにないから、これから先もこのまま」


「友達のままでいよう」

最後の一言で左手の痛みを忘れるほどに胸のあたりが苦しくなった。

初めは拒絶されることが怖かった。次に拒絶されなくても本気にされないことが怖かった。それら全部をはねのけて気持ちをぶちまけたのに、その結果が拒絶されたわけでもなく本気にされなかったわけでもないのに今まで通りだなんてあんまりだ。互いに好き合ってるのに、互いにそのことを知ってるのに、そんな状態で友達のままいられるわけがない。

でも、智樹さんの気持ちがわからないわけでもなかった。俺にだって智樹さんに見せてない一面はある。その一面を知られると嫌われるんじゃないかと思い一歩下がって接したことは一度や二度じゃない。

ああ、でも、そうか。嫌われることを怖がって肝心な一歩を踏み出していないのなら、この気持ちが届くわけなんかないんだ。

だったら俺が一歩でも二歩でも三歩でも、何歩でも踏み出してやる。

そう決意して開いた口から出た言葉で今度は俺が智樹さんを崖から突き飛ばしてしまった。


「じゃあ、智樹さんを好きなのやめる。友達もやめる」


物言いが少し威圧的になってしまったけどしょうがない。俺は怒ってるんだから。だってさっきの沈黙の時もずっとこのことを考えていたなら一人で浮かれてた俺が馬鹿みたいだろ。

俺の返事に智樹さんは一瞬だけ悲しみを見せたけど、自分の都合で友達を続けてもらえるとは最初から思ってなかったのかすぐに諦めたような聞き分けのいい作り笑顔を浮かべた。

そんな顔するくらいなら「友達のままでいよう」なんて言わないでよ。

歯を食いしばって足を止め、遅れて足を止めて振り返った智樹さんの目をじっと見据える。


「俺、そんな中途半端な気持ちで智樹さんを好きになったわけじゃないから」

「……それは俺も同じだからわかってる。友達を続けるのが無理な気持ちもわかる。でも友達のままでいられるならそれに越したことはないと思って……わがまま言ってごめ」

「違う、智樹さんは全然わかってない」


これ以上は余計な言葉を聞かないように遮って、智樹さんの体を抱き寄せる。


「嫌いになったりしない。智樹さんが俺を嫌いになっても俺はずっと智樹さんを好きでいる。だから、頼むから、俺のことが好きなら俺の恋人になってよ。友達のままでいようなんてそんな寂しいこと言わないでよ」


想いの強さに比例して抱きしめる腕の力も強くなる。そのせいでまた左手が痛み出したけど気にせず抱擁を続ける。ずっと好きでいる、なんて口先だけの言葉は信じられないだろうけど、わがままで自分勝手で強引でもある俺にはこうするほかに手段がない。

どうか、好き以上の気持ちがこの腕を通して智樹さんに届きますように。そう願いながら力強く抱きしめている最中に智樹さんの腕が動く気配を感じ取る。

突き放されたって離すもんか、とさらに力を込めたけど智樹さんの腕は俺を突き放すことはなく、むしろ俺を離さないようにしっかりと背中に回された。


「ご、めん。……やっぱり友達のままは、いやだ」


か細くもしっかりとした声が耳のすぐそばで聞こえた。

今この瞬間にやっと智樹さんの本心が見えたようで嬉しさから口元に笑みが浮かぶ。すり寄るように首筋へ顔を埋めると智樹さんも同じようにしてくれたから今度こそ同じ気持ちでいてくれてるんだと実感できた。

好きだって言われて両想いなんだと分かった瞬間よりも、今のほうが何倍も幸せだ。

体を離そうとすると智樹さんの手が名残惜しそうに背中を離れていくから思わず笑い声を漏らすと智樹さんは照れたように顔を逸らした。その顔に手を伸ばしてそっと頬を撫でながらこっちを向かせる。それから数秒、伏し目になったり流し目になったり、どうにかして俺の目から逃れようとしていた智樹さんの目が意を決したように俺を見据えた。

俺は智樹さんの顔を見ていたかっただけで別にそういうことをするつもりなんかなかったのに。

こんなことされちゃ我慢できるわけもなく、そこに吸い寄せられるように顔を近づける。瞬間、静かな夜の道にはうるさすぎるほどの振動音が響いた。互いに驚いて体を跳ね上げ、ほぼ同時に距離をとる。

慌てた様子でスマホを取り出した智樹さんは通話を開始した。相手はどうやら豊島さんのようだ。

手を冷やすために買ったはずの冷凍飲料水で顔を冷やしながら電話が終わるのを待っていると、智樹さんが「吉井君に代わってくれって」とスマホを差し出してきたからひとつ咳払いをして受け取る。


「もしもし、お電話変わりました」

『おう、さっきぶり。あの暴漢は俺がとっ捕まえて警察に突き出したから安心しろ』


いや、安心しろと言われましても多分あの男はもう姿を見せないと思……あれ、なんかおかしいな。

と、違和感を感じてる間にも電話口からは豊島さんの声が流れてくる。


『それから詳しい話を聞きたいってお巡りさんが言ってたから近いうちに警察署を訪ねること。あと、覗き見してたのが柊にばれると拳が飛んでくるから上手く誤魔化しておいてくれ。じゃ、また一緒に飲もうな』


やっぱり覗き見していたのか。

俺に文句を言われるのも嫌だったのか豊島さんは俺の返事も聞かずに電話を切った。

覗き見されていた恥ずかしさやら怒りやらいろんな感情がごっちゃになって処理できずに固まっていると智樹さんが心配そうな声色で「吉井君?」と俺を呼ぶから、スマホを返しながら豊島さんの代わりに言い訳を考えて口を開く。


「な、なんかさっきの男を豊島さんが捕まえたらしくて。見覚えのある髪の束を握りしめてたからもしかしてと心配して電話くれたみたい。で、詳しい話を聞きたいから近いうちに警察署に顔を出してくれってお巡りさんが言ってたって」

「なんでそれを直接俺に言わないんだ、あいつは」

「さ、さあ、なんでだろ。あ、俺に言いたいことがあったみたいだから、ついでに……とか?」

「あやしい……けど、ま、いいか。あいつのことは気にするだけ無駄だからな」


「なに言われたかわからないけど無視していいから」と相変わらず辛辣なことを言って歩き出す智樹さんの隣に移動して肩を並べて歩く。


「なんかいろいろあったけど、結果的に俺たちは恋人同士ってことで、いいんだよね?」

「あ、ああ、うん。なんだか改めて言葉にされると照れるな」


そう言って恥ずかしそうにでも嬉しそうに笑う智樹さんの顔を胸に焼き付けて歩く夜の道。いつもは見慣れたはずの電柱も道路の植え込みも、少し欠けた月も、今は何もかもが特別に見えた。
 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ