だからどうした

□09 おかわりする
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智樹さんは俺しか頼れる人がいないなんてことを言っていた。それはどういう意味なのか、改めていろいろ考えてみることにした。

その一、言葉通りに頼れる人がいなくて俺に電話した。その二、他の人に電話してみたけど全部断られて最後に俺に電話した。その三、頼れる人は他にいたけど迷惑はかけたくないから消去法で俺に電話した。その四、ああ言えば絶対に断らないと思って俺に電話した。

さあ、どれだ。……いや待てよ、どれにしたって俺に助けを求めてきたのは事実なんだから理由はともかく喜んでいいんじゃないだろうか。

うん、そうだよ。ここは素直に喜ぼう。

と、ポジティブな結論が出たところでインターホンを押し込む。

あれの次の日は約束通り仕事の途中で様子を見に来て、仕事が終わっても様子を見に来て、そのまた次の日は忙しかったから仕事が終わってからしか様子を見に行けないくて、そして今日。昼間に様子を見に来た時はだいぶ回復してたからもう一晩ゆっくり休めば完治すると思う。

だからおそらく今夜が最後の看病になる。

風邪が治ることはもちろん喜ばしいことだけど、少し寂しくもある。

そんな気持ちが表情に出ていたらしい。ドアから顔を出した智樹さんが開口一番「どうした?」と心配そうに眉尻を下げて俺の顔を覗き込んだ。


「いや、どうもしてないよ。今日はうどん買ってきたから。すぐ作るね」


病人に心配させちゃ駄目だと笑顔を浮かべる。だけどそれが余計に智樹さんを心配させてしまったようで。


「……ごめん、やっぱり迷惑だったよな。吉井君の優しさに付け込んで何から何まで」

「っ、違う、迷惑なんかじゃない!」


思わず大声が出てしまい慌てて手で口をふさぐ。玄関先の廊下で騒いじゃ近所迷惑になると思い、俺の声に驚いて放心中の智樹さんを押し戻すようにして部屋にお邪魔した。

どうしよう。怒鳴ったことによって状況が悪くなったような気がする。

ここは正直に自分の気持ちをぶちまけるか。いや、そんなことでこの状況が打開できるわけがない。何より拒絶されることが一番怖い。自分の気持ちを隠しつつこの気まずさを吹き飛ばすことのできる言葉は何か、脳をフル稼働させて考える。

そうして絞り出した答えは少し強引なものだったけどこれ以上間を開けると取り返しのつかないことになりそうで。

智樹さんの肩を掴んで目を見据える。


「少しでも迷惑だと思ったらそう言ってる。俺、智樹さんが思ってるほど優しい人間じゃないよ」


事実、もう少し風邪が長引けばいいのに、なんて最低なことを考えてたんだ。こんな俺が優しい人間なわけがない。それにただ一心に風邪の心配をしていたわけじゃないんだ。ずっと下心満載だったよ。むしろ下心しかなかったよ。

とまでは言えないけど。

目を見据えたまま「わかった?」と確認すれば智樹さんはほうけた様子で首を小さく縦に動かした。


「よし。じゃあすぐにうどん作るから待ってて」

「は、はい……」


いまだほうけた様子の智樹さんの背中を押してリビングへ向かった。そこでソファに智樹さんを座らせ、俺はキッチンに立つ。

この数日でどこに何があるのかをほとんど把握した俺にうどんなんて簡単なものを作るのは容易いことだった。

出来立て熱々のうどんを前に、こうして智樹さんと一緒に食べる飯はこれが最後か、と寂しく思いながら「いただきます」と手を合わせて箸を持つ。智樹さんも同じようにしてうどんを食べ始める。さっきのこともあってか俺も智樹さんも喋るためには口を開かず、ただ黙々と食べ進める。

やっぱりあれはちょっと強引だったかな。気を使われたと勘違いしてないかな。

それとも今度こそ俺の気持ちに気付いたのかな。

……いや、そうだよ、気付かなきゃおかしい状況なんだよ。もし俺が智樹さんと同じ状況に置かれたとして、仕事帰りにわざわざ飯を作りに来てくれる人がいたらもしかしてって考える。ところがどっこい。智樹さんは優しさに付け込んだとか何とか言ってたから、きっと俺の下心には微塵も気付いていない。

鈍感で助かったと胸を撫で下ろすべきか、まるで意識されていない事実に悲しむべきか。

なんだか最近の俺の心には葛藤が盛りだくさんだな。

そんな葛藤にもまれているうちにうどんを食い終え、俺も智樹さんも箸をおく。


「ごちそうさまでした。ほんと、吉井君って料理うまいよな」

「いや、そんな。簡単なものしか作ってないし……でもありがとう。嬉しい」


食前食中の気まずさはどこへやら。いつもの様子で笑う智樹さんを前にして肩の力がすっと抜ける。


「あ、そうだ、今まで買ってきてくれたもののお金返すよ。いくらだった?」


智樹さんが思い立ったように立ち上がり、財布を置いてあるであろうチェストへ向かう。

つまり俺はもう用無しということで、明日からはもう来なくても大丈夫ということで、それは風邪が治ったんだから当たり前のことで、覚悟はしていたけどやっぱり寂しいものは寂しくて。俺はつい智樹さんの背中に「待って」と声を投げかけた。


「え?」

「お金はいいよ。俺が勝手にしたことなんだから」

「いや、でも、俺が最初に買い物を頼んだんだし」

「じゃ、じゃあ代わりに! 智樹さんが作った料理、食べたいなぁ」

「……」


ああ、やっぱり今日の俺はちょっと強引だな。いや、でも、ここは多少強引に行かないと金を渡されてはいお終いの流れになりそうだったから仕方ない。うう、俺はセコイ男だ。相手が断れない状況でこんなことを言うなんて、情けない。


「……で、……のか?」

「え?」


自分の情けなさを嘆いている最中に智樹さんから返事が来たから聞き逃すという失態を犯してしまった。何をやってるんだ俺は、と更に落ち込んでいると智樹さんが再び口を開いた。

もう聞き逃すまいと耳に神経を集中させる。


「そんなものでいいのか?」

「う、うん!」

「そうか。じゃあ、今度の休みはいつ?」

「木曜日デス」

「わかった。吉井君がそれでいいなら」


智樹さんはチェストの上に置いてある卓上カレンダーの木曜日に丸を付けてから戻ってきた。

断れない状況を作った俺が言うのもおかしいものだけどあえて言わせてもらう。まさか承諾してくれるとは思わなかった。だってあんな強引でわがままな頼み事、俺なら絶対になんの躊躇いもなく断ってる。

もし俺以外に頼れる人がいてその人に助けを求めたとして、お礼に俺と同じような要求されたら同じように承諾するんだろうか。

どうにかして智樹さんの真意を知る方法はないか、そんなことを考えているとまたしてもさっきと同じ失態を犯してしまった。

ええい、いろいろ考えるのは後にしよう。今は智樹さんとの会話に集中しなければ。


「え、ごめん、なに?」

「だから、嫌いなものはないか、って」

「ないよ。あったとしても智樹さんが作ってくれたものなら平らげるし、おかわりする」


……。

会話だけに集中しすぎたのか真顔で変なことを言って微妙な空気を生み出してしまった。

慌てて「キッチン見ればだいたいわかるよ、智樹さんって料理うまいでしょ? だったらもし苦手なものがあっても食べられるかなぁ、と思って」なんて、取って付けたような言葉を紡ぐ。加えてあははと笑ってみたけどそれは見事にわざとらしかった。

どうしよう。そうだ今のうちに器を片付けよう、と立ち上がれば、急な物音にびっくりしたのか智樹さんの体が小さく跳ねる。


「変なこと言ってごめんね。今日は片付けたら帰るから、あとはゆっくり休んで」

「あ、うん、ありがとう」


こうして微妙な空気のまま智樹さんに見守られながら後片付けは素早く終わらせ、ゆっくり休んでと言ったのに玄関まで見送りに来てくれた智樹さんと向き合う。

相変わらず空気は微妙なままだったけど構わず声を発した。「じゃあ木曜日、楽しみにしてる」と。そしたら智樹さんは小さく笑って「ん、準備して待ってる」と返してくれた。

瞬間、微妙な空気から絶妙な空気に変わった、ような気がする。

ああ、いろいろ考えたところで智樹さんの笑顔一つでどうにでもなるんだな、と相変わらずの単純さに改めて呆れる。だけど同時に嬉しくもなった。
 
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