だからどうした

□07 え?
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バーに向かう道中で姉貴を何とか止めようとするもこうなった姉貴を止めることなんて俺にはできなかった。唯一暴走を止められそうな健一さんに助けを求めたけどこの人も乗り気になってしまっているからそれも無意味だった。

別についてこなくていいのよ、と言われても。目の届かないところで何をしでかすかわからないからそばで監視したい。

というのは建前で。本音は智樹さんのあの態度が気になるから。

昼間は虫の居所が悪かっただけかもしれない。何か理由があるなら、俺が何かしたなら謝るためにもその理由を聞かなきゃならない。


バーについて姉貴は何の躊躇いもなく店の扉を開いた。「覚悟しなさいよ」なんて物騒なセリフと共に。

どうか姉が智樹さんに迷惑だけはかけませんように。

祈りながら姉貴と健一さんに続いて店に足を踏み入れる。まさか敵意を持たれているとは思ってもない智樹さんがにこやかに「いらっしゃいませ」とこっちを向た瞬間、かち合った視線は昼間と同じように逸らされた。

予想はしていたけど駄目だこれ。泣きそう。

だけどこんなところで泣き出すわけにもいかないからぐっとこらえて、奥のテーブルへ向かう二人を無心で追いかける。

テーブル席について程なく注文を取りに来た智樹さんはあくまで客に接する態度でいつもと変わらなかった。相変わらず目は合わせてくれなかったけど。

そしてわけも分からず姉貴に睨まれてちょっと動揺していた。

なんだか一触即発の雰囲気の中、無事に注文が終わり智樹さんがカウンターに戻ると、真っ先に姉貴が口を開く。


「……なかなかいい男じゃない」

「だろぉ?」

「なんで健一君が威張るの?」


考えていたことと同じセリフが聞こえたから無意識のうちに声が漏れたのかと思ったけどそれは姉貴の声だった。


「でも雅孝に相応しい男かどうか、ちゃんと確かめる必要があるわね」

「おー、そうだな。ちゃんと確かめねぇとな」

「おい、頼むから仕事の邪魔だけはするなよ。健一さんも、お願いだから煽らないで」


それに違うよ姉貴。智樹さんが俺に相応しいかどうかじゃなくて、俺が智樹さんに相応しいかどうかだよ。

今のところ分不相応だよ。もしかしたらあの態度の理由がわかるかもしれない、と姉貴に丸投げする臆病者で卑怯者の男なんか智樹さんに相応しいわけがない。

おかしいな。前の俺ならびくびくしながらでも直接聞けてたはずなのに。

どうしたんだろう俺、と悩んでる間に智樹さんが注文したものを持ってきた。

そしてカウンターに戻る智樹さんを、姉貴がグラスを持って追いかける。

そしてそして健一さんは例のごとく面白がってる。

俺はただただ姉貴が変なことを言いませんように、とやっぱり祈ることしかできなかった。


「まあ、そんなに心配するなよ。さすがにお前が本気で怒るようなことはしねぇだろ。……たぶん」

「そのたぶんが心もとないんだよぉ」


ちらり、とカウンターに目を向ければにこやかに話をしている二人が目に移りこんだ。傍目からすれば楽しそうに見えることだろう。だけど俺にはわかる。あの姉の笑顔は本物の笑顔じゃない。相手を警戒して威嚇してる時の笑顔だ。


「……、確かにあの笑顔は相当やべぇかもな」


ほら見ろ。健一さんも冷や汗をかくくらいの笑顔だ。

ああ、何を話しているのか物凄く気になる。変なことを言いませんように、と祈っていたけどたぶんきっともう姉貴は智樹さんに変なことを言ってしまったに違いない。さすがに俺の気持ちを暴露するようなことは言ってないとは思うけど。

それから数分の間、姉貴が戻ってくるまで生きた心地なんかしなかった。


「……ムカつく」


戻って早々姉貴がぽつりと呟く。氷点下の声色だ。

何を話したのか気になるけどこんな姉貴に向かって気軽に「何がむかつくんだよ」と聞けるわけがない。でも健一さんは嬉々として「どうだった?」と聞くから、こういうところは本当に尊敬するしかない。


「いい人過ぎてムカつく」

「なんだそれ」

「とにかくムカつく」


姉貴はそれ以上何も言わずにグラスの中身を飲み干した。


結局姉貴と智樹さんが何を話したのかわからないままに解散となり、酔い潰れた姉貴は健一さんに背負われて帰っていった。

さて、どうしようか。

閉店まであと二時間ちょっと。でも閉店後すぐに帰るわけじゃないだろうからもっと待つことになる。別に待つことが苦になると言ってるわけじゃない。そこまでしてしまうと智樹さんが嫌がるんじゃないか、不安なのはただそれだけ。

でもやっぱり理由を聞きたい。

ここで帰れば理由を聞く機会は一生訪れないかもしれない。ここで待てば理由を聞けるかもしれない。

前者だとこの先ずっとあの態度が続くかもしれない、けど時間がたてば何事もなかったように接してくれるかもしれない。でも俺の中でずっとしこりが残ると思う。

後者だと成功すれば前みたいに接してくれるかもしれない、けど失敗すればこの先ずっと目も合わせてくれないかもしれない。でも理由がはっきりすれば俺もすっきりするし、対策も考えられる。

葛藤を続けながらフラフラとコンビニに向かって歩く。そこで酔い覚ましの水を購入して店の前まで戻り、人目につかないところに座り込む。

時間ギリギリまで考えよう。


そう思っていたのに俺は眠ってしまったようで。誰かが肩を揺すってくれて目を覚ました瞬間、そのことに気が付いた。

時間を確認する前にまず起こしてくれた人に礼を言おうと顔を上げれば、その人物は待っていたはずの智樹さんだった。仕事が終わったのかいつもの緩い私服に変わってる。ということは最低二時間は寝てたのか。


「大丈夫か?」

「あ、ああ、うん、だいじょーぶ」


差し出された手を借りて立ち上がる。


「よかった。具合でも悪くなったのかと……。それにしてもどうしてこんなところで?」

「あー、えっと……智樹さんと話がしたくて」


地面に転がっていたペットボトルを拾い上げて智樹さんをじっと見つめると、内容に見当がついたのか気まずそうに視線を逸らされた。これで三度目だ。いい加減ほんとに泣きそう。

でも目を逸らしたからと言って話をしたくないというわけではなかったようで、智樹さんは「帰りながらでいいかな」と先に歩き始めた。

慌てて隣に並び、横目で智樹さんを見る。

意図せずしてこんなことになってしまったけどこうなったら逃げ場はない。これでよかったんだ。


「単刀直入に聞くけど。俺、智樹さんに何かした?」

「何もしてない」

「じゃあなんで目を逸らすの?」


足を止めて智樹さんの腕を引き、目を覗き込む。いきなりのことで驚いたのか智樹さんが腕を引こうとしたけど、俺はそうさせなかった。


「待って、お願いだから逃げないで」

「っ、別に逃げるわけじゃ……っ」

「じゃあちゃんと理由を教えてよ。何かしたなら謝るから」


腕から力が抜けたのを確認してぱっと手を放す。

智樹さんの口が開くのを待って数秒、聞こえたセリフは「違う」とたった一言で。続きを待てば間もなく言葉が続いた。


「吉井君は、何もしてない。ただ俺がおかしいだけで……」

「何がおかしいの?」

「……ごめん、それは言えない」

「そっか。じゃあそれはいいや」

「え……?」

「え?」

「あ、いや、なにがなんでも聞き出してやる、みたいな雰囲気だったから」


ぽかんとしたままの智樹さんが意外そうに呟く。

確かに十秒前の俺ならそうしていたかもしれない。だけど何もしてないことも嫌われたわけじゃないこともわかったからそれで充分。智樹さんが言いたくないことまで聞き出す必要はない。


「まあ、気にはなるけど智樹さんが言いたくないなら言わなくていい。だけど言いたくなったら言って。いつでも聞くから」

「……う、ん。わかった」

「ん、じゃあ帰ろうか」


静かな夜の道を、他愛もない話を繰り広げながらゆっくり歩く。

智樹さんの様子は相変わらずおかしいままだったけど、今はそれでいい。なんでもゆっくりでいいんだ。その方がいろいろ噛み締められるんだから。
 
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