だからどうした

□06 罪深い男
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毎日智樹さんに会えるわけでもないのに、なんだか最近は毎日が幸せだ。

一目惚れして間もない頃は、次はいつ会えるのかな、と寂しさを感じながら無駄にカレンダーを眺めることが多かったけど、今は、早く会えたらいいな、と少し前向きな気持ちを抱いて日々を過ごしてる。

それに声が聞きたいときは電話すればいいんだし、会いたいなら店に行けば確実に会える。

しかも好きな時に遊びに来てもいいからと許可も得てある。

それにそれにこの前の、俺を心配してくれた時の智樹さんの顔を思い出せば、例え会えない日が続いたとしてもたぶん我慢できる。




だけど、会えるならやっぱりそれに越したことはない。


いつものようにインターホンを押して、数秒後にいつもの「いま開けますね」が聞こえて、いつものように智樹さんがドアから出てくる。そしていつものやり取りをしながら雑談でもしていつも通りに仕事を終わらせる。

……手筈だった。

「ありがとう」の言葉とともに返されるボールペンを茫然と受け取って、何も言えずただ智樹さんを見つめる。

口を開こうとしない、帰ろうともしない俺に疑問を抱いたのか、智樹さんがやっと視線を上げる。だけど今日初めて会った目は一秒も経たずに逸らされた。

やっぱりなんか変だ。俺、何かしたっけ?

明らかに様子がおかしい智樹さんを目の当たりにしたら心当たりなんかなくてもそう思わずにはいられなかった。

そんなこんなで早々に別れを告げて逃げるように立ち去った。


本人に理由を聞けなかったのは、俺が臆病者だから。




もしかしたら俺の気持ちに気付いたのかもしれない。それで俺のことがうざくなって遠ざけたくなったのかもしれない。だけど智樹さんは優しい人だから迷惑だと思っていても直接言うことができず、俺に察してもらおうとあんな態度をとったのかもしれない。

あれからずっとこんなことばかり考えてる。

腹は確実に減ってるけど何も喉を通りそうにないから晩飯も食わず、明かりもつけず、ベッドの上で膝を抱えて小さくなる。

合ってもすぐに逸らされたあの時の目を思い出して、ため息を一つ。

こんな状態じゃ電話なんかできやしない。店にも行けない。明日は休日だから智樹さんのところに遊びに行く計画を立てていたのに、たぶん明日は外に出る気力もなくて一日中ひきこもることになりそう。

いや待てよ。次に会う日までうじうじするくらいなら電話して確認したほうがいいかも。電話なら直接会うよりハードルが低いわけだし。

そう思い立ってスマホを取り出せばタイミングよく着信音が鳴り響いて、思わず「ひっ」と情けない声が漏れた。

もしかして智樹さんかもしれない、と慌てて画面を見ればそこに表示されている名前は鳴海健一で。ほっとしたようながっかりしたような変な気持ちを抱いて通話を開始する。


『よう雅孝。いま大丈夫か?』

「うん、大丈夫だけど」


なんだか嫌な予感がする。


『今からそっち行っていいか?』


ほら、やっぱり。

さっき大丈夫と答えたのはあくまで電話をする余裕があるという意味で、今の俺は健一さんを迎え入れられる状態じゃないから早々に断ろうとしたのにそんな隙も与えてもらえず電話口から最悪なセリフが聞こえてきた。


『京香も一緒に。っていうか、もうすぐ着くから』


一呼吸おいて「は?」と反応した声はたぶん健一さんには届かなかったと思う。

電話が切れて数分。さっきの電話は夢か何かだと自分に言い聞かせてみたけど所詮は現実逃避にしかならず、ついにインターホンが鳴ったから重い腰を持ち上げて姉夫婦を迎え入れるために玄関へ向かう。

ああ、いやだなぁ、今は誰にも会いたくないのに。

居留守なんてしたら後が怖いから開けたくもない玄関の扉を開ければ、そこには腰に手を当てて仁王立ちする姉貴とその後ろで悪びれもなく「急に悪いな」と謝る義兄がいた。


「雅孝、あんた明日休みでしょ?」

「えー、あ、いや、さっき会社から電話あって、急に仕事が……」


と言ったところで嘘をついてることはきっとバレバレなんだろうし、明日が仕事だろうが休みだろうが姉貴にとっては関係ないらしく「邪魔するわね」とずかずか入り込んでくる。義兄もまたしかり。

おかしいな、俺は休みだけどこの二人は明日も仕事があるはずなのに。

奥へ向かう二人を追いかけて部屋に戻れば二人がベッドの上を陣取るもんだから仕方なく部屋の隅に避難する。

しかし些細な抵抗もむなしく、健一さんによってベッド前の床に正座させられた。


「健一君から聞いたんだけど」

「は、はい……」

「なんでこいつに相談して私には相談してこないの? なにあんた、弟やめるつもり?」


ほら、これだから嫌なんだよ。

小学校に上がった頃に母は仕事に復帰し、家にいる時は姉貴と二人きりの時間が多かった。そのせいか知らないけど俺に対して過保護というかなんというか、……自分で言うのもおかしな話だけど軽いブラコンなんだ、この姉はいい年して。今となっては収まるところに収まってるけど結婚だって俺のせいで破談になりかけたし。

しかも自分の旦那をこいつ呼ばわりだもんな。言われた本人は気にも留めずに本棚から取り出した漫画を読んでるけど。

……いや、今はそんなことよりとにかく二人をどうにか追い返して今日はもう寝たい。


「と、とりあえず今日は帰ってくれよ。また今度ちゃんと話すから」

「どうしたの? 顔色がよくないわよ。具合でも悪い?」

「ち、違うよ、そうじゃなくて」


熱があるかどうか確認しようと伸びてきた姉貴の手を軽く払いながら、「頼むから帰ってくれ」とお願いするも空しく俺の声なんか聞こえてない様子の姉貴はべたべたと俺に触れてくる。


「……あーもう鬱陶しいなぁ」


ぽろり。本音とは違う何かが口から零れ落ちて、ぴたり、と姉貴の手が止まる。

次の瞬間には「健一君、雅孝がぐれた!」と漫画を読んでる健一さんに姉貴が泣きつく。泣きつかれた健一さんはというと「ああ、それは悲しいな」と軽くあしらいながらページをめくった。まるで興味はないようだ。

何なんだよこの二人は。本当に何しに来たんだ。というか姉貴は健一さんに聞いたとかなんとか言ってたけど、一体どこまで聞いたんだろうか。

男を好きになったってことは知ってるんだろうか。

姉の様子を窺うにそのことは知らなそうだけど。


「いつもはこんな子じゃないのに……。それもこれも雅孝を誑かしたっていう男のせいだわ」


んんん?


「姉貴、相手が男だって知ってたのか?!」

「え、言ったでしょ? 健一君に聞いたって」

「あ、そうでしたね」


というか健一さんは姉貴にどう説明したんだ。誑かした、なんて言葉が出てきたくらいだからどうせ面白おかしく伝えたに違いない。そして姉貴の中で勝手に改竄されてまるで智樹さんが悪者のように扱われている、と。

いやちょっと待て話が逸れた。男同士なことを突っ込まないのかって話だった。


「……、何も言わないの?」

「何って、なに?」

「いやだって男……」

「ああ、そんなこと? だからどうしたの?」

「え……?」

「だってしょうがないじゃない。好きになっちゃったんだから。それともあんたたちは後ろめたいことでもしてるの?」

「い、いえ」

「だったら胸を張りなさい」


いや、もう、ほんと、似たもの夫婦だな。こんなの絶対に普通じゃないよ。

……そうだ、普通じゃない。

俺は恵まれているんだ。普通なら反対されたり気持ち悪がられるところを「だからどうした」とか「好きになったものはしょうがない」とか言って俺を否定しないでいてくれる人なんて家族でもそういない。

面と向かって言うのは気恥ずかしいけど、いつかありがとうって言わなきゃいけないな。

と、俺がせっかく感謝してるというのにこの姉ときたら。


「でも雅孝を誑かすなんて罪深い男ね。今から殴り込みに行くわよ」


なんて言い出すから感謝するのはやめにした。
 
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