だからどうした

□05 余計なお世話
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すぐ行くと言った手前、やっぱり行けないなんて言い出せるわけもなく。かと言って意気揚々と店に入ることもできず、店の真ん前で茫然と突っ立っていると不意に店の扉が開いた。


「……、なんだ吉井君か」


出てきてそうそうこっちまで力が抜けそうな声で智樹さんが呟く。

がっかりしたような台詞だったにもかかわらずどこかほっとしたような声色だったからどうしたのか聞こうとしたけどそれよりも早く「入らないのか?」と促され、ま、いいか、と結局何も聞かず店に足を踏み入れた。

瞬間に、ちょうどこっちを向いていた莉穂と目が合う。そして彼女は昔と変わらない笑顔を浮かべて俺を手招いた。

それを見た智樹さんが「人が来るって吉井君のことだったのか」と呟く。


「じゃあ、今日はどうしますか?」

「この前のレモンのやつ、お願いしマス」


注文を済ませて莉穂が待つテーブル席へ着けば「来てくれてありがと」と言われたから「どういたしまして」と返しておいた。

さっきは昔と変わらない笑顔だと思ったけど、どうやら懐かしさからそう思っただけで実際は違ったみたいだ。間近で見た彼女の笑顔は大人びていて、ああ、俺たち数年ぶりに会うんだなぁ、と改めて思い知らされる。

時の流れをかみしめながら互いの近況を話し合ってるうちに注文したものが来て、それが半分になった頃、莉穂はカクテルグラスのふちを指でなぞりながら重苦しそうに口を開いた。


「あのさ、私たちの関係についてなんだけど……」


やっぱりこれが本題だったか。


「ごめん、忘れてたわけじゃないんだ。会いたいならそっちから電話なりメールなり寄越してくると思ってたから、……本当にごめん。勝手に終わったものだと決めつけてました。もう元には戻れないです。いやもうほんと土下座でもなんでもするから許してください」


言い切って莉穂の反応を伺うと、彼女は顔を俯かせて肩を小さく震わせていた。

ああ、どうしよう。こんなところで泣かれると智樹さんに最低男だと思われてしまう。なんて最低なことを考えながら、これ以上泣かせないよう様子を伺いつつ「できることならなんでもするから」ともう一度言っておく。

すると莉穂は手で顔を覆ってひっくひっくと喉をひきつらせ始めた。

なんだか智樹さんの視線が背中に突き刺さってるような気がする。


「り、莉穂……?」


とりあえず何かしらの反応がほしくて恐る恐る呼びかけてみる。

泣かせてしまったのなら仕方ない。せめてこの後の対応で誠実さを示さなければ。

そう意気込んだものの聞こえてきたのはすすり泣く声なんかじゃなく「ぶっ、くくっ」と笑いを押し殺したような声だった。


「あの、莉穂さん……?」

「っ、く……あははっ!」


俯かせていた顔を上げたかと思えば莉穂は声を上げて笑い出した。突然のことに茫然とする俺を放置して、莉穂は笑い続ける。それはひぃひぃと軽く息切れするほどまで続いた。


「いやぁ、ごめんごめん。まさかそっちも自然消滅したと思ってるとは思わなくて、つい。ははっ、でもこれで話がスムーズに進むわ」

「一体どういうことか説明してくれませんか」

「実はね、プロポーズされたんだ」

「へぇ。……、……はいぃ?」

「その時に、雅孝との関係をきっちり終わらせてなかったことを思い出したからちゃんとしておこうと思って電話したの」


よくよく聞けば莉穂はもしかしたら俺がまだ自分のことを好きなんじゃないかと思っていたらしい。でもそうじゃないとわかって互いに自然消滅という形で関係を終わらせていたことも分かって、結果笑いが溢れた、と。

……って、ちょっと待った。


「こんなところで男と二人で会うのはまずいんじゃないのか?」

「ご心配なく。彼にはちゃんと説明してきたわ。私は自然消滅したと思ってるけど向こうはそう思ってないかもしれないからちゃんと話してくる、って」


それでいってらっしゃいと彼女を見送ることができるなんて、見上げた彼氏だな。よほど余裕があるのか自信があるのか。その心持ちを見習いたい。


「それじゃあ話も終わったことだし、二人だけの同窓会でもしますか?」

「いや、話が終わったなら早く帰って彼氏……今は婚約者か? まあどっちでもいいけど。そいつに報告して安心させてやれよ」

「彼、まだ仕事が終わらないの」

「……、あー、なるほど。最初から俺を暇潰しの道具にするつもりだったんですね」

「ま、そういうこと」


それからは愚痴か惚気かどっちかよくわからない話を聞かされた。途中うんざりして嫌味たっぷりに「ラブラブですね」と横槍を入れてやったけど、その時の「まあね」とはにかむ姿が間近で見ても変わりなくて。相変わらずうんざりする話ばっかりだったのに二度と横槍を入れる気にはならなかった。




数日後。荷物を届けに来ていつものやり取りをしながら、この間のことはどう思ってるのかな、わざわざ聞くのって自意識過剰だよな、とうじうじしていれば智樹さんが重苦しく口を開いた。


「この間……、一緒に飲んでた女の子のことなんだけど」


まさか智樹さんから聞いてくるとは思わなくて言葉が詰まる。


「っ、あ、ああ、あれは何というか、その……」

「余計なお世話だろうけど、あの子はやめておいたほうがいい」

「……、へ?」


唐突な忠告にわけもわからず言葉を喉に詰まらせていると、智樹さんは本当に申し訳なさそうな声色で続けた。


「前に店に来た時、男から指輪を渡されてるのをたまたま見ていて覚えていたんだ。だから、もしかしたら吉井君は遊ばれてるんじゃないかと心配になって……」

「いやいやいやいや、ちょっと待って」


あの店でプロポーズされたのかよ。そんな店で元カレなんかと酒を飲むなよ。とか、莉穂にいろいろ突っ込みたいけど今はそれどころじゃない。

理由は何であれ智樹さんが俺を心配してくれたことが嬉しくて、本当に嬉しい。

思わず赤くなる顔を隠すように手で口を覆う。

でもその行動が智樹さんにはショックを受けているように見えたみたいで、「本当にごめん」と蚊の鳴くような声が聞こえてきた。

いや、嬉しがってる場合でもなかった。ちゃんと説明しないと。


「待って、智樹さん勘違いしてる。あいつは高校の同級生で、……確かに付き合ってはいたけど今はそんなことないから。互いにそんな気持ちはもうないから、微塵も」

「本当に……?」


確認してくる智樹さんに「うん」と大きく頷く。そしたらほっと安堵の胸を撫でおろして「よかった」って微笑みながら呟くもんだから、もう、小躍りしたいほどだった。

きっと今日の今まで悩んでたんだろうな。プロポーズ現場を目撃したことを俺に言うべきかどうかを。

言えば俺が悲しむ。でも黙ったままだともっと悲しい思いをするかもしれないから、と決心してくれたんだろう。なんて、全部俺の妄想だけど。

それでも俺の心配をしてくれたのは紛れもない事実で。

俺のことがどうでもいいならこんな心配するわけないし、少なくとも嫌われていないことがよく分かった。

ただ友達として心配したに過ぎないんだろうけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。そのせいでだらしない顔になってるかもしれないけどもうどうでもいい。


「心配してくれてありがとう」


智樹さんの目をまっすぐ見据えて感謝を伝える。

余計なお世話だなんだの言ってたからまさか礼を言われるとは思ってなかったんだろう。智樹さんが「え、あ、ああ、うん」と途切れ途切れに返事する。

その反応が面白くて思わず吹き出せば、智樹さんは気恥ずかしそうに眼をそらして「そんなに笑うなよ」と呟いた。

ああ、もう、智樹さんのことがどんどん好きになっていく。

いつかこの心配が俺に好意を寄せてるからって理由になる日が来るといいな、なんて。それはちょっとわがままかな。
 
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