だからどうした

□02 逆です、逆
1ページ/1ページ


「俺と友達になってくれませんか!」


半ば叫ぶように言った唐突な願いにもかかわらず、柊さんは快く「いいですよ」と返事をしてくれた。


だからと言って毎日会えるわけではなく、じゃあ休みの日に遊びに行こうと思っていざ靴を履いたけどいきなりそれはどうなんだと玄関で突っ立ったまま考え始めたらそこから動くことができず、気が付いたら夜が訪れていた。

どうやら柊さんと友達になったことで新たな悩みが生まれてしまったようだ。




赤信号で止まってる間に、助手席にあるタオルを手に取り額の汗を拭い取る。そうしたところで次から次へと暑さのせいとは違う汗が滲み出てくるもんだから俺は助手席にタオルを投げつけた。

何が原因かって、これから柊さんのところに荷物を届けなければならないからだ。

今日は友達になってください発言をしてから初めての配達になる。

なんとなく気まずいというか、……一体どんな顔して会いに行けばいいんだろうか。せっかく友達になったんだからフレンドリーに行くべきか。いや、あくまで仕事なんだからきっちりするべきか。

いろいろ悩んでいる間にも当然時は過ぎ、信号が赤から青に変わる。

時の流れというのはどうしてこうも残酷なのか。

時間を止められる装置か能力がこの世にあればいいのに、なんて非現実的なことを考えたりもしたけどそうすると柊さんに会える時間が遠のくからいらないな、と前向きになってアクセルを踏み込んだ。


そしていざ部屋の前までやってきた俺は震える指でインターホンを押した。数秒後に、恒例となりつつある「いま開けますね」が聞こえてくる。

ごくり、と、がちゃり。生唾を飲み込むとほぼ同時に開かれた扉から顔を出した柊さんは俺を見てにこりと笑った。

開幕ハートブレイクスマイルは刺激が強すぎる。しかも今日は眼鏡をかけているからダメージが上乗せされた。

ああ、もう、いちいちかっこいいなぁ。惚れた欲目だろうが何だろうがかっこいいなぁ、もう。

湧き上がる感情を抑えつつとりあえず「お届け物です」と荷物を渡す。


「そういえば柊さんっておいくつなんですか?」


荷物を受け取りそれを靴箱の上に置いてこっちを振り返った柊さんに伝票とボールペンを渡すと、率直な疑問がポロリとこぼれた。せっかく感情は抑えられたのに台無しだ。

もっと、こう、なんというか……世間話みたいなものから展開させようと思っていたのに。

なんて後悔してる俺の心情も知らずに、柊さんはサインをしながら「37です」とあっさり答えてくれた。

その数字は思っていたものよりも客観的に見た感じよりも高くて、思わず「意外だ」と呟けば、柊さんが伝票とボールペンを俺に返しながら「そんなに老けて見えます?」と眉尻を下げて笑った。


「え、……あ、違いますよ! 逆です、逆! 高く見て30前半だと思ってたくらいなのに!」


慌てて弁明するもむなしく柊さんは「またまたぁ」と軽くあしらう。

これ以上弁明しても逆効果になると思った俺はただ口を閉ざして受け取ったボールペンを胸ポケットに戻した。


「そういう吉井さんはおいくつなんですか?」


まさか柊さんから質問してくれるなんて思ってなかったから嬉しくなって、少しかぶせ気味に「23です!」と子供のように元気よく答えた。おかげで柊さんに笑われた。

だけど柊さんの笑顔は好きだから笑われたってかまわない。というかむしろこんな笑顔を見せてくれるならいくらでも笑われたい。

ああ、見事に重症だな俺、と心中で自嘲する。


「……ち、ちなみにご結婚とかは……?」

「生憎ご縁がなくていまだに独身です。夜の仕事をしてるものですから恋人ができても擦れ違うことが多くてよく振られるんですよ。……って、これは蛇足でしたね」


柊さんはそう言って自虐的に笑ったけど今の俺には笑顔を作る余裕もなくて。


「ということは、今お付き合いしてる人はいないんですか?」


がっついていようが不躾だろうが勘付かれようがかまうものか、とほぼ勢いで結婚云々の次に気になっていた質問をぶつけてみる。

すると柊さんは首を縦に動かした。


「ひとりの方が気楽ですから」


これは遠回しに振られているんだろうか。……いやもしかすると、できるものならこの考えを覆してみろ、と挑発されてるのかもしれない、とポジティブに考えておく。

そうやって恋心に薪をくべていると、部屋の奥から電話の音が聞こえてきた。


「あ、すみません、つい長話を……」

「こちらこそお仕事の邪魔してすみません。こうして客以外の人と、しかも友達と話すことなんて滅多にないものですから楽しくて」


柊さんも楽しく思ってくれていた事実とか、友達だと再確認できたこととか、いろんな嬉しさが爆発してつい泣きそうになる。まあ、実際に泣くわけにはいかないから別れの挨拶もそこそこに立ち去ったわけだけれども。

トラックに乗り込んで、次の配達先を確認しながら息を吐く。


「……、はあぁ」


どんどん好きになるなぁ、柊さんのこと。好きになりすぎてある日急に冷めたりしないかな。それは怖いな。

なんて思ってる時点で冷める日なんか来ないだろうだけど、もしも、万が一にでもその時が来たとしたらまた好きになればいいか、と健一さんの言葉を思い出しポジティブになって考える。

「だからどうした」はポジティブになるにはもってこいの言葉だ。

よし、次はスマホの番号を聞いてみようかな、とポジティブのまま次の配達先へと向かうためにエンジンをかけた。




そしてその日は意外と早くやってきた。あれから三日、まさかこんなに早く柊さんに会えると思ってなかった俺は嬉々としてインターホンを押した。数秒後に恒例のあの言葉が聞こえてくる。

でもなんだかいつもより覇気がないような「いま開けますね」で。


「こんにちは、お届け物で……す」


扉から出てきた柊さんはとても疲れ切っているような顔をしていたから続けて「大丈夫ですか?」と問いかければ、「大丈夫です」と明らかに大丈夫じゃなさそうな声で返ってきた。

とりあえずいつものやり取りをしながら、また問いかける。


「何かあったんですか?」

「ええ、仕事でトラブルがあって、あんまり眠れてなくて……」


よくよく柊さんの顔を見てみると、目の下には大げさでもなんでもなく漫画に出てきそうな真っ黒なクマができていた。

これはあんまり長居しちゃ悪いな。

番号を手に入れるのはまた今度……、と思ったけど俺は瞬時に別の方法を見つけ出した。

そうだよ、何も聞かなくてもこっちが教えればいいんだ。

思い立って、返ってきたボールペンでメモ帳に自分の番号を書いて、破ったページを柊さんに渡した。


「誰かと話したいときはここに電話してください。仕事の愚痴とか今日あったこととか、俺でよかったら何でも聞きますから。意外とすっきりしますよ」


まさかこんなことされると思ってなかったのか柊さんは呆気にとられた様子で「ありがとう」と呟いていた。

俺はというとなんだか急に気恥ずかしくなり、「こちらこそありがとうございました」と自分でもわけのわからない返しをして、逃げるように立ち去った。

今更だけど、柊さんは俺のことを変人だと思ってるかもしれない。




それから暫く経った日。待ちに待った柊さんからの電話がかかってきた。

内容は些細なものだったけど電話してくれたことが単純に嬉しすぎてその日一日はずっと電話のやり取りを頭の中で反芻するほどだった。
 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ