凪に吹きすさべ

□01 凪
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昼休憩の屋上。照り付ける日差しの下ではまだ少し暑く感じる十月下旬。塔屋の陰で友人二人と駄弁を弄しながら昼食をとっていると太ももに振動を感じてスマホを取り出した。


「彼女からだ」


画面の通知にはその名前が表示されている。

昼食のホットチリバーガーを頬張りながらデートのお誘いかと呑気にアプリを起動させれば、予想に反した文字がそこに連なっていた。

"もう限界です、ごめんなさい。別れてください。"

他人行儀な敬語と句読点が彼女の本気度を物語っている。

また駄目だったか、と落胆はすれども、そこに悲しみや寂しさなどは一切なく、彼女に倣い"わかりました、さようなら。"と送ってスマホをポケットに戻した。


「彼女、なんだって?」


焼きそばパンを嚥下した渡辺が聞いてくる。


「別れてください、だってさ」

「え、マジ?」


弁当後のクリームパンを開封した高橋が確認してくる。


「マジ」


そう答えて俺はバーガーに齧り付いた。

こういうことはよくあるので渡辺も高橋も深く突っ込んでくることはなく、ただ気を使ったのか話題を新作のゲームへと変えてくれた。

俺はいい友達を持ったなぁ、なんて嬉しく思いながらバーガーを食べ進めていると、最後の一口を放り込んだタイミングで放送開始のチャイムが鳴り響く。


『二年四組佐久間君、生徒指導室まで』


放送終了のチャイムを聞きながら最後の一口を飲み込んで、重い腰を持ち上げる。


「じゃ、行ってくる」

「今度は何をやらかしたんでしょうねぇ佐久間君は」


にやにやと面白そうに笑う渡辺に「なんでやらかした前提なんだよ」と投げかけると高橋に「やらかしたから呼び出されたんだろ」と返された。

確かに、それもそうか。

変に納得して、二人の頑張れよという応援の言葉を背中に受けながら屋上を後にする。

賑わう廊下を進んで到着した生徒指導室の扉を開ける。その中にいた社会科担当の倉敷先生を見て、瞬時に呼び出された理由を把握した。

二人の言うように、これはやらかしたやつだ。

後ろ手で扉を閉めて倉敷先生に歩み寄れば案の定、空欄だらけの解答用紙が机の上に置かれていた。


「テスト中、佐久間君は何をしていたんですか」

「……寝てました」


あはは、と乾いた声を漏らす。

前日、漫画を読んでいたらうっかり徹夜して。それまでのテストは何とか持ちこたえたけど社会のテストは名前を書いた瞬間に力尽きてしまって。一時間寝たら頭がすっきりして次のテストは調子が良かった、と。最後のは余計だけど。

倉敷先生は溜息をこぼすと、隣の椅子を引き出して座るよう促した。

説教覚悟で素直にそこへ腰を下ろす。と、解答用紙の上にシャーペンと消しゴムが置かれたからどういうことかと倉敷先生を見やる。


「成績はどうしようもできませんが、点数次第では補習をなくしますから」

「え、やった。ありがとうございます。倉敷先生のそういう優しーとこ大好き」

「まったく、調子のいい生徒ですね」


倉敷先生はそう言いながら仕方なそうに眉尻を下げて微笑んだ。

とりあえずぐにゃぐにゃに歪んだ不格好な、書いた本人でさえも判別できない名前を消して、新たに名前を書き入れる。

そうして特別に始まったテストは隣から伸びてきた赤ペンによって即時採点されていった。

答えに詰まることなく順調に書き進め、最後の問題を終えると倉敷先生がそこに綺麗な丸を書く。


「91点。惜しいことをしましたね。次は居眠りしないように」

「気を付けまーす」


どうやら及第点をいただけたようで補習については何も言われなかった。

立ち上がり伸びをして、出入り口に向かう。そして扉を開けたところで振り返り。


「倉敷先生愛してる」


指先に押し付けたキスを倉敷先生に投げつけた。


「はいはい。私も愛していますよ」


俺の投げキッスを軽くあしらう倉敷先生にひらひらと手を振って生徒指導室を出た。

頭を使って疲れたから甘いものでも食おうと購買へ向かって歩き出す。

この時、生徒指導室に残された倉敷先生がどんな顔をしていたかなど、菓子に思いを馳せる俺に知る由はなかった。
 
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