だからどうした
□12 それができれば苦労しない
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店について、豊島さんと並んでカウンター席に腰掛ける。そして豊島さんが、開店時間までまだ少しあったけど特別にと智樹さんが作ってくれたカクテルを飲みながら俺に絡んでくる。
ちなみに智樹さんは着替えのために奥へ引っ込んでいる。
「吉井君は柊とはどういう関係?」
「と、友達です」
「吉井君って若いよな。まさか柊みたいに実年齢より若く見られるタイプ?」
「そういうタイプかどうかはわからないですけど歳は23です」
「ふーん。結構離れてるけど柊とはどうやって知り合ったの? この店で?」
「いえ、配達の仕事をやってまして、それで、はい」
なんだこれ。なんで面接みたいになってんだ。
妙な緊張感を抱きつつ豊島さんの質問に淡々と答えていく。そうしているうちにバーテン服に着替えた智樹さんが戻ってきて早速「まだいたのか」と悪態をついたけど豊島さんに一切ダメージはないようで、「それが客に向けるセリフかよ」と笑った。
確か中学からの付き合いって言ってたよな。その頃からこんな感じなのかな、この二人は。
それにしても智樹さんの中学時代かぁ。どんな生徒だったんだろう。髪は今みたいに長かったのかな、それとも短かったのかな。部活には入っていたのかな、得意科目や苦手科目はなんだったんだろう、通学は電車かバスか自転車か徒歩か。でもたとえどんな生徒だったとしてもきっとモテモテだったんだろうな。
いろいろ妄想を膨らませていれば目の前でひらひらと踊る掌によって現実に引き戻された。
「俺の話、聞いてる?」
「え、あ、はい、なんでしたっけ」
「だから、俺がここで働けるように吉井君からもお願いしてって」
俺が妄想してる間にこんな話が進んでいたなんて。
「そこまで余裕ないって」
「薄給でもいいから。な、頼むよ。子供の小遣い程度でいいんだってば」
「だから無理だって言ってるだろ。そもそも勤めてた会社はどうしたんだよ。それなりの立場にいたんじゃなかったか?」
「部下の出世競争に疲れて昨日やめてきた。ま、充電期間ってやつかな」
「充電切れで世間から見放されればいいのに」
「お前、相変わらず俺にだけは辛辣だな。柊のこれ、吉井君はどう思う?」
「……。……え?」
いつか俺にもこんな態度をとってほしいな、とぼんやり二人のやり取りを眺めていると唐突に問いかけられて反応が遅れた。豊島さんはそれをいいように捉えて「ほら、吉井君が引いてるぞ」なんて言って笑う。それを冗談と分かっているくせに智樹さんが「吉井君がそんな人だとは思わなかったな」とジト目で俺を見る。
豊島さんが絡んでいるせいか、冗談のノリが抜けていないのか。どっちにしたって少しでも俺に冷たい態度をとってくれたことが嬉しくて、思わず頬がふやけた。
それをまたいいように捉えた豊島さんが「ほら、やっぱり引いてる」と笑う。それから智樹さんも相変わらずのジト目を向けてくるから俺は弁明を開始した。
暫くして開店の時間になり、いつものように店内が賑わってきた頃。
智樹さんが他の客の相手をしている隙を狙って豊島さんがにやにやと気持ち悪い顔を浮かべながら「で、柊とはどこまでやったんだ?」なんて下品に聞いてくるもんだから俺は口に含んでいた水を軽く噴き出してしまった。
「っ、な、なに言ってるんですか……っ」
「え、違うの? いやぁ、俺はてっきり二人はそういう関係だとばっかり」
「じ、冗談言わないでください」
やっぱり勘付いていたか、と。じわり、と背中に冷や汗が浮かぶ。
健一さんはともかく、なんで知り合って間もない豊島さんにまで俺の気持ちが駄々洩れなんだ。俺はこんなにもわかりやすい男だったのか。
「じゃあ攻略中ってところかな?」
「い、いったい何の話をしてるんですか?」
「ふーん、そんなこと言っちゃうんだ? だったら俺が柊を横取りしても後から文句言うなよ?」
挑戦的な台詞に思わず体を強張らせれば「やっぱり吉井君は面白いなぁ」なんて言いながら豊島さんが笑うからさっきの台詞は冗談だったんだと気が付いた。今の俺は豊島さんにとって思い通りに掌で踊る操り人形といったところだろうな。
そんな自分を憐れんでいると豊島さんが打って変わって真剣な顔をする。
「ここからは冗談抜きで話がある」
「は、はい」
「あいつさ、あんな容姿してるもんだから昔からモテモテだったんだよ。でもいいことばっかりじゃなくて、むしろ悪いことばっかりで少し恋愛不信気味なんだ。いい年して長続きしないのも彼女の一人もいないのはたぶんそのせいだ。だから折り入って頼みがある」
「な、なんでしょう」
「吉井君さえよければあいつをどうにかしてやってくれないか?」
そんなことを頼まれても俺に何ができるのか、どうにかすることができるのか、自信がないので返事が詰まる。というか智樹さんの現状を知っていてそんなに智樹さんのことが心配なら自分でどうにかすればいいのに、と思う。いや、俺が智樹さんの心配をしてないわけじゃない。豊島さんの言う恋愛不信をどうにかできたとして智樹さんが俺以外の誰かを選ぶ時のことを考えると返事ができないのは至極当然のことである。
つまり恋愛不信を治すなら智樹さんのためじゃなく、俺自身のために動きたい。
今までさんざん思ってきたけど今以上に自分をわがままだと思ったことはない。
そんなこんなで返事をしないでいると俺の不安を見透かしたように豊島さんが笑った。
「誰かにとられるのが嫌ならとられる前に自分のものにすればいいだろ」
それができれば苦労しない。
「柊はどっちかっていうと鈍感な方だからはっきり言ってやらなきゃ駄目だぞ」
だからそれができれば苦労はしない。
好き、って言うだけなら簡単だし単に気持ちを伝えるだけなら誰にでもできる。でもそれがなかなかできないのは自分の気持ちを伝える相手にも気持ちがあるからだ。俺の場合、ちょっと前までは断られることよりも拒絶されることが怖かったんだけど、今は本気にしてもらえないことが何より怖くてたった二つの文字を言葉にできないでいる。
だけどいつまでもこの気持ちを隠し続けるわけにはいかない。死ぬまで隠し続けるつもりもない。いつか言わなきゃいけない時は必ず来る。
それはわかってるんだけどな。
「ま、見たところ吉井君のことは気に入ってるみたいだし、もしかしたらってこともあり得るだろ」
「そうですかね」
「柊を昔から知ってるこの俺が言ってるんだから自信持てよ」
昔から知ってる、だけじゃ確証にはならないのに豊島さんが自信満々にはっきり言い切るもんだから俺も少し自信を持ってみようと思えた。
それから豊島さんは閉店時間まで俺に絡み続けて、最後の最後に「吉井君が柊に言いたいことがあるってさ。帰りながらでも聞いてやれよ」と余計なことを言い残し、慌てる俺を尻目に笑顔で去っていく。その背中が小さくなっていくのを恨みがましく見つめていると隣で智樹さんが「言いたいことって?」と俺に目を向ける。
「あー、じゃあ、それは帰りながらで」
思わずその視線から逃げるように体を反転させて帰り道を歩き出す。
どういうつもりですか豊島さん。何てことをしてくれたんですか豊島さん。一体何をどう切り出せばいいんですか豊島さん。俺には俺のペースがあるんですよ豊島さん。などなど、せっかく智樹さんが隣を歩いているというのに豊島さんに恨みを募らせていると焦ったように俺を呼ぶ声が聞こえた。
はっ、として隣を見ると智樹さんは眉尻を下げて不安げに口を開いた。
「豊島から何か変なことでも聞いた?」
「い、え。特に、何も」
何をやってるんだ俺は。豊島さんはあくまで俺の背中をちょんと突いただけで面白がってるとかそういうわけでは決してないはず。だから俺は豊島さんに感謝すべきなんだ。と無理やりに言い聞かせ、立ち止まって智樹さんと向き合う。
そうしたことで智樹さんの髪に糸くずがついてることに今更気が付いた。余裕なさすぎだろ俺。
自嘲しながら「ちょっとごめん」と断りを入れて智樹さんの髪に手を伸ばしす。そして相変わらず触り心地のいい髪を指で遊ぶようにして糸くずを取ってあげると智樹さんが目を細めて「ありがとう」って柔らかく笑うもんだから、あ、今しかない、と自分の直感を信じて智樹さんの目を見据えた。
「豊島さんの言ってた言いたいこと、今から全部言うからちゃんと最後まで聞いてて」
「は、はい」
悪いことを言われると思ったのか智樹さんが少し怯んだ。けど真逆のことを言うつもりなので構わず口を開く。