LOST MEMORY/HONEY WEEKシリーズ
□六日目(R-18)
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目が覚める。
部屋の中は若干明るいが、日の差し込み具合から察するに夜明けからまださほど時間は経っていないようだ。
秀吾は寝返りを打った。もう一度まどろもうと目を閉じかけ、しばたたく。
隣で俊二が起きていたのだ。
ベッドの上で身体を起こし、ヘッドボードにもたれて座っていた。顎を引いて、視線はぴたりと宙へ。右手が左手の薬指の付け根をいじっている。そこにあるのは、秀吾と同じデザインのサイズ違いの指輪。昨晩、この手ではめたものだ。
薄明かりの中のその姿をそのまま見つめていた。
しばらくしてから小さな声で問われる。
「どうした?」
「気づいとったんか」
「まあな」
答え、俊二がこちらへと顔を向けた。視線が絡んだ。まだ少し暗めの室内ではその表情は読み取るのは難しい。単刀直入に訊いてみることにした。
「…嫌やったか?」
俊二は目をしばたたいた。鼻に皺が寄った気がした。
「なにがや?」
それ、と指輪へと顎をしゃくった。
「ずっと触っとるから、違和感あんのかなて」
外してくれてもええけど。
そう言うと、俊二は喉の奥でくくっと笑った。肩が震える。だがすぐにその笑いも引っ込み、ふわ、と視線を再び宙へと彷徨わせる。ぽつりと呟いた。
「金属なのに…つけとると温いんやなって」
くるり。
手の中で指輪が回る。
秀吾は左手を伸ばした。
自分よりやや小さくそして滑らかで骨張った手に手を重ねた。金属同士がぶつかり小さく音を立てる。手の甲から指と指の間に指を差し入れて掌を握りこむとややあってからきゅっと握り返される。空いた方の手が指の関節から付け根へと滑り、秀吾の指輪に触れて止まった。
温みと心地よい静寂。
お互いの息遣いと、皮膚の下で触れるとくとくした規則的な脈だけを感じる。
密やかなため息が吐き出されたのは、しばらく経ってからだった。
「…まだ早いしもう一眠りするかな」
手を解いて俊二が布団の中に潜り込んだ。秀吾に背は向けているものの、距離は近い。腰に腕を回して引き寄せた。
うなじに唇を押し付ける。鼻から息を吸い込むと、ここで使っている柑橘系の爽やかな石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。服の裾から腰に回した手を差し入れ素肌に触れた。俊二が身じろぐ。
「秀吾」
「うん」
胸の突起を5本の指で代わる代わるなぞって刺激する。つまんで引っかき、優しく撫でた。は、と吐息の漏れる気配。耳の裏側を唇で辿り耳殻を甘噛みすると腕の中の身体は震えを見せた。
「目が覚めて、二度寝できん」
耳元で呟き、俊二の首筋に鼻先を埋めた。腕に力を込める。
少しの沈黙の後、手が伸びてきて頬に触れた。肩越しに振り返った俊二は呆れたような苦笑を浮かべていた。
その口元を唇で塞ぐと抵抗なく受け入れられて。逆に上体を起こして覆い被さってくる。唇を割ってからは早かった。頭から呑み込もうとするかのような激しいキス。混ざってどちらのものとも判らぬ唾液が口の端から漏れて口周りを汚した。下りた唇に首筋を強く吸われたかと思ったら噛まれ、シャツの前ボタンを器用に口で歯を使って開けていく。その拍子に胸に触れる湿った舌の感触はくすぐったく、期待に秀吾の肌は粟立った。引っぺがすようにして秀吾の上を脱がしてから、俊二も自分のTシャツを脱ぎ放り出した。
マウントを取ったポジションで目を細め屈み込んでくる。
「二度寝妨げた責任、ちゃんととってくれるんやろな?」
耳元で囁くような口調。つと剥き出しの胸板をなぞる悪戯な指を秀吾は取って絡め引き寄せた。
「もちろん、喜んで」
◆◆◆
指で、唇で、舌で、全身を暴いて蕩かしていく。返ってくる反応は様々だ。吐息だったり呻きだったり、声にならない声のときもあれば、シーツを握りしめる微かな衣擦れやしなる肢体で軋むベッドのスプリングの音など。秀吾にとってどれも愛おしいことに変わりはない。
差し入れた指をゆっくりと動かして浅いところを引っ掛けるようにして引いてやると腰は跳ね、聞こえるのは喘ぎ交じりの吐息。
とろりとその先端から零れるものを、秀吾は口に含んだ。先走りを吸いとり、裏側に舌を這わせて付け根から先へと舐め上げた。ひくつく内腿をなだめるように撫でて、小さな開口部を舌先でくすぐる。濡れてその存在を主張する前をそうやってしっかり構ってやってから、上体を乗り出して俊二を真っ直ぐ見下ろす。
気配を察したのか閉じていた目蓋が開き、達した余韻で潤む瞳が覗いた。顔の横に肘をついて上気した頬を包むように撫でた。親指を横に滑らせ唇を軽く押すと舌で指先をぺろりと舐めてくる。不敵な笑みが浮かんだ。
「で、続きは?」
こんな直球に強請られたらすることは1つしかない。
とっくに固くなり反り返るものに手早くゴムを付けて、必要以上に時間をかけて焦らしたそこへとあてがう。吸いつき引き込むような感覚にくらりと眩暈がするが、あえて一気には行かなかった。入り口に先端を押し付けたまま、ぷくりと膨らむ胸の飾りに舌を這わせた。びくりとした反応が返ってくる。
「しゅ…ご!そこ、やなく、てっ…!」
意図しているのかいないのか腰が揺れて、切羽詰まったような口調だ。それは秀吾も同じなのだけれど。
唇を一旦離して顔を上げた。
「ちょお…ゆっくりしたい気分やったから」
息を吐き出して真下の上気した顔を見つめ、顔の横に投げ出された左手を取る。皮膚の温度よりは若干冷たい金属の感触を撫でて確かめながら、ゆるゆると自身を熱い内部へと進めた。
朱色に染まる頬。ぎゅっと閉ざされた目蓋。形の綺麗な眉は快楽にひそめられて、半開きの口は浅い呼吸を繰り返す。何度身体を重ねても、その表情に見飽きることはない。
手をきつく握ってきたから力を込めて握り返した。
根元まで埋めると感覚で分かったのか、ほぅと俊二は嘆息を漏らす。艶めいたその仕草は秀吾を煽るのに十分すぎるといつも思うのだけれど。
腰を引いて、突く。
のけ反り白い喉が露わになる。秀吾を包む肉壁が蠢き締め付けた。
往復する回数が増すにつれて濡れた声を漏らし始める口を口で塞いだ。身を震わせながら俊二はキスに応えてくる。空いた方の右手が秀吾の耳の形を辿ってうなじを撫で、左肩から体勢を支える腕へと滑った。手の甲に置かれた手が熱い。
「…さん」
息継ぎの合間に小さな呟きが聞こえた。
聞き取れなくて、ん?、と前屈みになって聞き返す。束の間、動きを止めた。
「…もう、離さんから」
囁くようにそう告げて、秀吾の手を掻き分け選んだ薬指。唇には微笑が浮かんでいた。
目を見開く。
指輪をなぞる手つきに、胸に押し寄せるものがあった。
「――っ!」
我慢できなくて、腰を叩きつけるようにして繋がりを深くした。俊二の目の焦点が飛んで、はくはくと途切れ途切れに吐息がこぼれる。
手と手を重ねて。
唇を重ねて。
身体を重ねて。
徐々に部屋は明るくなっていく。
素肌ににじむ汗が、シーツを照らす朝日を反射して煌めいていた。
◆◆◆
お互い1回達したところで終えた。
またその気になっておっぱじめてしまうことがないように交代でシャワーを浴び、昨日の夜の残り物をつまんでコテージを出る。昼にサービスエリアできちんと食べ直す予定だった。
終わった後もしばらくベッドでぐずぐずしていたせいで、慌ただしい出発になってしまった気がする。
2人分の荷物をトランクに詰め込みながら秀吾は念押しした。
「忘れもんないよな?」
「ない。どの部屋も2回ずつチェックしといた」
「俊が言うなら安心やな」
「あ、見たのはおれの荷物の分だけやから」
「俊!?」
慌ててコテージに戻って確かめようとすると、けたけたと笑われる。
「冗談だっつーの。ちゃんと2人分見ました。安心せぇ」
「…ほんまやろな」
じろりと睨みつつ、嘆息してトランクの蓋を閉めた。向かうは運転席。乗り込んだ心地にふぅと息を吐き出す。衝動買いのように購入した車だったが、愛車なことに変わりはない。無意識のうちに撫でていたハンドルの指できらめくものが目に入って、にやけそうになったがドアの開閉の音に慌てて引っ込めた。
右隣にどさりと俊二が腰を下ろした。シートベルトを付けたのを確認してからエンジンをかけた。カーナビを操作し行き先のサービスエリアを指定する。胸元に引っ掛けていた日よけ兼身バレ防止用のサングラスに手を伸ばした。
「なんか、あっという間やったなぁ」
後頭部で手を組んで、独り言のように俊二が言った。
「どうやった?」
サングラスをかけてから問うてみる。
「なにが」
「決まっとるやろ、今回の旅行や。感想、なんかないんか」
アクセルをゆっくりと踏んで車を走らせる。バックミラーに映るコテージが遠ざかっていく。窓の外を青空が、海が、後ろへと流れていった。
感想ねぇ、と俊二は繰り返した。
「海鮮料理がうまかった」
「…それだけか?」
「あ、海に来たのに泳いどらん」
「まぁ9月やし。てか、水着持ってきとらんやろ」
「浮き輪もビーチボールもな」
元から泳ぐつもりなどなかったろうに、今さら乗り気な俊二がなんだか可笑しい。笑いをこらえていると、つぶやきがあった。
「…マヨコロ」
ちらりと横目で見やる。
俊二は窓の外に顔を向けていた。
「美味かった」
ぶっきらぼうな言い方だ。コテージにいるときとは打って変わった態度だが、俊二らしいと言えば俊二らしい。
「また作ってやるわ」
優しく言うと、ん、とうなずく気配が微かにする。
秀吾は手を伸ばしてラジオを付けた。
長いようで短かった6泊7日は終わりを告げる。でも、自分たちはまだ始まったばかり。そう思っているのは自分だけではないはずだ。
ラジオから聞こえてくるのはスローテンポで明るめの音楽。初めて聞く曲だったしドライブには少しゆっくりすぎる気もしなくないけれど、不思議と耳に馴染んだ。
隣で窓が開けられた。
一気に潮風が吹き込んでくる。俊二は欠伸をして大きく伸びをした。
「ちょっと一眠りするかな」
「ええよ、ついたら起こす」
シートに身を沈めて俊二が目を閉じた。
顔に当たる海風が心地良い。
少しだけラジオのボリュームを下げた。
温かく柔らかい太陽の日差しが晴れ渡る空から降り注ぐ。
バックミラー越しに俊二の顔が見えた。
ハンドルを握りながら、秀吾は口元が緩むのを抑えられなかった。
And then, they lived happily ever after......
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