瑞受けの部屋

□Not for under 18.(R-18)
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 示し合わせたわけでもないのに何の縁か駅一つ分という近い距離で独り暮らしをしている海音寺と瑞垣は、これもまたひょんなことから恋人関係となって数年が経過していた。
 八月も終わりかけ、大学生の特権である長い長い夏期休業期間も折り返し地点。せっかくだしデートでも、となったが貧乏学生がデート代に高額をはたけるわけでもなく、海音寺が誘ったのは地元のお祭りだった。始めは人混みを渋っていた瑞垣も、なんだかんだと前日までには乗り気になっていたから楽しく時間を過ごせるはずが。
 うわぁぁ、と情けない悲鳴を引きながら競うように駆ける二つ分の人影が白くぼやけた通りに浮かび上がる。
「いきなりやばいってこれ!なんなんやこの量!」
「急げって瑞垣!あそこの信号行くぞ!」
 待ち合わせた駅から歩いている道中を襲った夕立に、二人はひとまず雨宿りのため駅から徒歩五分圏内にある海音寺のアパートへと走っている真っ最中だった。
 ばしゃばしゃと地面に叩きつけ跳ね上がるのは大粒の雨に、海音寺はそっとため息をついた。点滅している青信号が途中で赤に変わるがなんとか交差点を渡りきる。雷が空を這う低い音が追いかけてきて、自然と脚を動かすスピードが上がった。拭っても拭ってもすぐに雨粒に覆われる眼鏡のせいで視界が滲んで見づらいことこの上ない。
 そういえば出掛けるときにチェックしたスマートフォンの天気アプリに急な雷雨に注意とか書いてあったようななかったような。折り畳み傘でも持って出れば良かった、と内心後悔しながら通りの角を曲がること数度でようやく自宅に辿り着き、長年の野球部の練習で鍛えた脚力で三階まで一段飛ばしで駆け上がる。玄関の鍵を開けると靴を放るようにして脱ぎ捨て、どたばたとワンルームの部屋を横切ってベランダへと向かった。朝から干していた洗濯物を引きずり下ろして洗濯ばさみから外し、室内に戻ってようやく一息がつける。腕の中の洗濯物の感触は少し湿っている程度で、上の階のベランダが雨よけになっていたのか思ったほど濡れていないのが幸いだ。
 そんな家主の方は見向きもせずに瑞垣はと言えば、勝手知ったる顔でタンス代わりにしている透明な収納ケースの前にしゃがみ込みバスタオルを漁っているようだった。
「勝手に人のもん引っかき回すなし」
「やだ、見られたらまずいものでも入ってるのかしら一希ちゃん」
 ねーよ、んなもん。
 いつもの軽口を叩きながら取り込んだ洋服たちを畳んでいると、ん?、と瑞垣の方から怪訝そうな声が上がる。
「なんじゃ」
「……いやそれはこっちの台詞なんやけど」
 振り返った先に広げられていたのは、薄暗い室内でも目立つ赤い色をした布。否、よく見ればただの布ではなかった。フリルの付いたフードの飛び出たそれはマントのような形状で、裾には白いレースがふりふりと縁を彩っている。
 ああ、と呟き思い出した。
「赤ずきんちゃんのコスチュームじゃったかな」
 沈黙が流れた。
「……海音寺、おまえそーゆーシュミあったんか。引くわ、ごめん」
「マジな顔で言うな。違うから。欲しくて買うたんじゃねぇから。貰い物じゃ」
「……へぇ?」
 胡乱げな視線が痛い。なんとか弁解しようと海音寺は続ける。
「部活の納涼会で、プレゼント交換することになってくじ引きしたらそれが当たったんじゃ。ほんまはドンキのたこ焼きメーカー欲しかったんに」
「野球部のくせにこんなん混ぜてくるやつ居るんか」
「女子マネに引いて欲しかったんじゃろ。なんでおまえが引く、って先輩に泣かれた」
 瑞垣の目がコスプレ衣裳と海音寺の顔を行き来し、やがてぶはっと噴き出した。身体をくの字に折って笑い転げる様子から見るに、どうやら笑いのツボに入ったらしい。すましたところがあるくせに、一度ハマってしまうと意外と良く笑うのは付き合いだして少ししてから知った一面だ。
「ははは……おまえの顔にこれ……めちゃくちゃ似合わん……くく……」
「そんなに可笑しいかよ」
「可笑しい可笑しい……似合わなすぎて、ウケる、はは」
 別にこんな物が似合っても嬉しくはないのだけれど、こんなに笑われるのも馬鹿にされているみたいでむっとくる。
 あー、もう!、と手からずきんもどきを引ったくると瑞垣の身体に巻き付けてしまう。
「は、おい、何して」
「デカいしタオル代わりにはなるじゃろ。似合わんのは同じじゃな」
「てめ、海音寺、」
 フードも引っ被せてしまえば少々ガタイは大きいが立派な赤ずきんの出来上がりだ。がしがしとフードの布地で拭かれる髪の下の仏頂面がフードを囲むフリルとあまりにも合わなくて、口元がひくつく。笑いを堪えようとして失敗して、ぐふっ、と変な声が漏れた。
「く……ふふ……ははっ、やべえ、顔が凶悪すぎるぞ、赤ずきん坊ちゃん」
「うるせえよ」
 波が引かず瑞垣の肩に顔を埋めて笑っていると、不意に服の上から脇腹を這う手があった。
「おれが赤ずきんなら、」
 吐息混じりの低い声が耳元に流し込まれてびくりとする。
「狼は誰でしょうな、海音寺クン?」
 身体を起こせば映る、口端の吊り上がった顔。フード越しに頭を掴んでいた手が自然と下がり瑞垣の腰を引き寄せていた。
「……赤ずきんて、狼に食われるんじゃぞ」
「食えるなら食ってみれば?狼さん」
 細められた両眼が面白がるように光り、海音寺は押されるままにベッドの縁へと腰掛けた。その膝の上に乗り上げた瑞垣がこちらを見下ろしてくる。
「『おおかみさん、おおかみさんの耳は、ずいぶんと大きいのね』」
 ちょっと高めに作った声が寄せられて、耳たぶを湿った感触が舐め上げた。
 童話から引用される台詞は、本来ならおばあさんに変装した狼の正体を赤ずきんが知る前だから、呼びかけは『おおかみさん』ではなく『おばあさん』のはずだ。だがこれは刺激の強い、大人向けの赤ずきんなのだから、細かいことを言う必要はないだろう。
 悪くない。
 すっかりなりきっている瑞垣に海音寺も合わせる。
「『そうとも、お前のいうことが、よく聞こえるようにね』」
 瑞垣がくぐもった笑い声を漏らした。今度は耳の後ろから眼鏡の蔓を押し上げられて眼鏡が取り外される。一気にぼやけた視界へ飛び込んでくるのは恋人のにやついた顔で、けれどこの距離の近さなら、流石に焦点が合う。
「『それに、目が大きくて光っている。なんだかこわいわ』」
「『こわがることはないよ』」
 言葉と共に、瑞垣の腰を掴んで上体を捻るとそのままマットレスに沈み込んで覆い被さった。
「『かわいいお前を、よく見るためだから』」
 全然、かわいくはないけれど。
 首筋に鼻先を埋めれば、雨で濡れた肌から微かに立ち上るボディーソープの匂いに混じって体臭が香ってそそられた。ぺろりと下を伸ばし舐めて唇を押し付けると、瑞垣は小さく息が零した。
 服の裾から忍び込ませた手に手が重なる。
「『それに、おおかみさんの手の大きいこと』……」
 台詞が途切れたかと思うと、手の甲の表面に浮いた腱の筋を辿られてくすぐったい。
「『おおかみさんの手は、こんなに大きかったかしら?』」
 さて、この次の狼の返しは何だったか。覚えていないのを悟られまいと開きかけの唇にこの日初めてのキスを送る。合わせるだけの口づけはそれ以上深くはならず、互いが離れたタイミングで海音寺は呟く。
「ほんまにおまえのスイッチ入るポイントがよう分からんのじゃけど」
「ノリよノリ。それに、」
 おまえも嫌いじゃないやろ、こういうの。
 微かに頬を上気させ挑発するように艶やかに笑う瑞垣、しかもその顔がフリルに縁取られた瑞垣となると……似合わない恰好のはずなのに腰がずくりと重たくなった。まさかそっちの趣味に目覚めてしまったのだろうか自分。
 半ば不安になりながら身を屈めて再びキスしようと思ったら指先で唇を押し止められる。
「次の台詞は?狼さん」
「……もうええじゃろ、面倒い」
 まどろっこしいなりきりはやめて早く気持ちよくなりたいのに。しかし瑞垣は焦らすように置いた指でふにふにと唇をいじるだけだ。
「ぶっぶー。アウト。正解は『そうだよ。大きくなくては、お前をだいてあげることができないもの』でした。なんかえろい言い方やなって実は昔から思うてたけど」
「サイテーの子供じゃな」
 悪戯をする指先をぱくりと咥えて根元まで呑み込む。軽く吸い上げて甘噛みして、海音寺の手の動きに従って捲れ上がった服の下、剥き出しになった両の尖りを親指の腹で押しつぶしてやれば、身を震わせる瑞垣。それでもまだ諦めないらしく、もう一度作った声で口を開いた。
「っ……ふ、『それからね、おおかみさん……なんといっても、その大きな大きな』」
 童話の通りなら確か、大きな口、のはずだった。
 しかし空いている方の手を下へと滑らせた瑞垣が口にしたのは。
「イ・チ・モ・ツ」
 語尾にハートマークが飛んでいそうなワードに一瞬思考が固まって、それから噴いて瑞垣の指を吐き出した。つられたように瑞垣も身体の下で笑っていて、密着した体勢からその振動が直に伝わってくる。
「赤ずきんが……ふはは、イチモツ。ぷぷ」
「なんか安っぽいAVとかでありそうな台詞やな」
「センスが下品なんじゃ、瑞垣は」
 もうここまでやったら十分だろうと、笑いの余韻を引きながらもベルトを外し雨のせいで張り付いてしまったジーンズをどうにか脱がせ、ベッド脇の引き出しからローションとゴムを取り上げる。下に引いてしまっている赤いコスチュームは取るのも面倒なのでそのままにしておいた。
「んー、言うほどそんなに大きなイチモツでもないよな?」
 海音寺の前を開けて、硬くなりかけているそれを下着越しに撫で上げて瑞垣が言った。
「うるせぇよ。それにいつもイチモツで気持ちよさそーにしとるのは誰じゃろうな?」
「イチモツ言うな、言い方がオヤジくせぇぞ」
「先に言うたんはそっちじゃろが」
 ふ、と笑みの形を作ったまま重なった唇は、今度こそ深く濃く繋がった。
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