豪巧の部屋

□All I want for Christmas is……
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「おい、吉貞!」
 昼休みになり隣のクラスの教室へ豪が足を踏み入れると、呼んだ相手はまだ給食を食べている最中だった。
「ほば、はばぶら、もんもようびゃ」
 口いっぱいに揚げパンを頬張っているせいで振り返り様の顔がすごいことになっている。豪は嘆息して膝に手を付いた。
「まだごちそうさましとらんかったんか……」
 うるせぇと言いたげにひらひらと手が振られ、大きく喉元が上下する。
「おれが居る限りこのクラスの残飯はゼロじゃ。へっへ、よく食う男はモテるんじゃぞ、そのうち――」
「よーしーさーだ、いつまで食うとるん!もう片付けるで!」
 飛んできたのは給食当番の女子生徒の声だ。給食ワゴンを運び出せずに待たされて苛々している様子が非常によく伝わってきて、豪は笑いを押し殺した。
「なるほど、モテる、な」
「けっ、ほっとけ」
 パンくずのついた舌を豪へとべっと出してから吉貞が女子の方へ顔を向ける。すまん、と詫びる手を横目に豪は空いていた吉貞の前の席に腰を下ろした。
「で、永倉は何の用じゃ。おれはまだクリームシチューの2杯目と牛乳の2本目が残っとるんじゃ。手短に話せ」
「そんなに食っててよう腹壊さんなぁ」
「日頃の行いがええもん。もんもん。こないだなんてな電車ん中で、」
 給食そっちのけで始まりそうになった話を大げさに手を振って遮った。吉貞と話しているといつもこうだから困る。
「そうかそうか、良かったな。実は巧のことで来たんじゃ」
 吉貞は怪訝そうな顔だ。
「原田ぁ?なんじゃ、また痴話喧嘩?お盛んやなぁ、あっつあつぅ」
「ばか、そんな話しとらんじゃろ。おれが訊きたいんは、おまえが巧になんか言うとらんかってことじゃ」
「なんかってなんじゃ」
「じゃから……『アレ』じゃ。アレ」
「永倉くんたら、いつからそんなやらしい言葉を使うようになっちゃったのかしら、ノブ子母さんはショックよ」
 わざとらしいほどしなを作った泣き真似に、あほ、と伸ばした手で頭を叩かせてもらう。それから身を乗り出すと潜めた声で続けた。
「……サンタのことじゃ。なんか、巧に言うとらんよな?」
 サンタクロース。
 クリスマスの夜にトナカイが引くソリに乗って子供たちへとプレゼントを配るとされる空想キャラクターだ。
 繰り返すが架空の人物である。実在しないその存在を信じる子供もいるが成長するにつれて徐々に減っていき、豪たちのような中学2年生ともなれば信じている者の方が圧倒的な稀少種だ。
 そして、原田巧はその『まれな』部類に入る者だったのである。
 初めて知ったときには豪も驚いた。あの原田巧が、サンタを信じている?巧独特のジョークかと思って笑い飛ばそうとして、その瞳の純粋さに慌てて神妙な顔を保ったのが昨年の冬。
 そして今年、クリスマスを数週間後に控えたこの時期に巧に異変が起こっていた。
「サンタにお願い、今年はせんって言い出しとるんじゃと。吉貞、おまえ、なんか言うたか?」
 再度の問いかけに、クリームシチューを掻き込んでいた吉貞が唇をすぼめた。飲み下してから口を開く。
「なんでそこでおれが出てくるんじゃ。おれ、ちゃんといーい子にして原田の話に合わせとるぞ」
「けど、サンタにお願い事せんて……誰かになんか言われてもうサンタ信じなくなったとか」
 この前巧の家でテスト勉強をしに行ったときに巧の母から聞いただけなので、豪も詳しいことは知らない。だが、毎年クリスマスプレゼントをサンタクロースにお願いしていたという巧に何があったのか。なぜ、今年は何も願わないのだろう。
「願い事がない、ねぇ」
 不意に吉貞の声のトーンが落ちた。見れば、牛乳瓶を手にしたまま細められた目が宙を見つめている。やけに醒めた眼差しだった。
「なんじゃ、心当たりでもあるんか」
 急かすように問う豪だが、吉貞はおどけたように肩をすくめるだけだった。
「いやいや、ご夫婦の問題に俺なんぞが口を突っ込む隙なんかないっす」
 牛乳を勢いよく飲み干し薄桃色の盆を手に腰を上げる。その拍子に口からこぼれたげっぷに豪は思わず顔をしかめた。
「汚ぇぞ吉貞。っていうか、なんでサンタ問題がおれたちバッテリーの話になるんじゃ」
「ふんふんふふふん。そんなことも分からんようじゃ、まだまだね、永倉くん。ほなお先にぃ。おれはオトムライの補講から逃げるというミッションをクリアせんと」
 あれだけたらふく食べたとは思えないほど軽やかな足取りで吉貞が教室を出て行く。今ここで補講から逃れてもどのみち部活では会うのに、と思う。そんな思考回路の吉貞なのに、巧がクリスマスにサンタへお願い事をしない理由はどうやら見当がついているようで、しかもそれはバッテリーに関係することだという。
 サンタがいないということに、気がついてしまったのだろうか。
「おれ、なんかしたんかなぁ」
 途方に暮れた独り言が口をついて出た。

 その日の部活。
 案の定、吉貞はオトムライから練習開始早々呼び出されて個人的に説教を食らっていたが、豪はそれどころではない。とりあえず巧から話を聞かないことには始まらないと思い、いつもの柔軟体操で組んだついでに訊いてみることにした。クリスマスにサンタさんはどうするんじゃ、と。何気なさを装ったつもりだったけれど巧は肩越しに振り返って眉をひそめた。
「なんだよ、急に」
「いや、だって、もうすぐじゃろ」
 脚を伸ばして座り前屈する巧の背に手を添わせて押し倒す。ほとんど補助がいらないくらいに、巧の身体は柔らかい。
「じゃ、そう訊くそっちはどうなんですか、豪ちゃん」
 返された言葉に返事をしようとして、詰まる。別に面食らった質問というわけではなく、咄嗟に何も浮かばなかったのだ。
 おれの欲しいもの。
 丸くなった背中を押す手からいつの間にか力が抜けていた。代わりに鮮明に甦るのは手のひらに噛み付き突き上げてくる革越しの感触。巧が上体を起こしてこちらを顧みた。
「今年のお願いは、しない」
 巧らしい、はっきりとした物言いで続けられる。
「もう願い事叶ってるのに、これ以上願うことなんかないから」
「そっ……か」
「おまえがいれば、それでいい」
 呟くように言って立ち上がり、巧は練習着に付いたグラウンドの土埃をはたき落とした。
「投げさせろよ、豪」
 うん、と子供みたいに首肯すれば巧が振り向きもせずに駆け出していく。じんわりと胸に広がる温かさがあってようやく吉貞の言葉が腑に落ちる中、豪は一つ決意をした。
 クリスマスには、ミットとボールを持って巧の家に行こう。朝一番に行って、窓の下から呼ぶのだ。

 キャッチしようぜ、と。










タイトルは、某クリスマスソングよりお借りしました。クリスマスに欲しいのは貴方だけ!ってキュートな歌ですよね。豪ちゃん以外何もいらない巧かわいいな〜という妄想でした。久しぶりにえろくないの書いたことにびっくり。除夜の鐘で煩悩落として貰ってこよう笑。それにしても豪巧のくせに巧の出番が少なすぎる問題ですねすみません(^^;)

読んでくださったみなさま、メリークリスマスそして良いお年を!

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