豪巧の部屋

□GWのGは豪巧のG R-18
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 おれんち実は別荘持っとるんじゃけど、と巧が恋人の豪に打ち明けられたのは2人が大学入学して初めてのゴールデンウィーク突入数日前のこと。

 電話越しに伝えられた突然の言葉に、へぇ、と返した記憶はあった。

 豪の家は新田で入院設備をも整えたそこそこ規模の大きな病院を経営している。別荘なるものを持っていてもおかしくはない財力はあるだろう。

 話を聞けば、家の手入れにそろそろ行かなければならない時期らしいが人手が足りず豪が駆り出されることになったので、ゴールデンウィーク中に掃除やらメンテナンスやらを手伝ってほしいらしい。

 豪の言葉に、巧は特に深く考えることなく手伝いを引き受けてしまったけれど、よくよく考えてみれば穴だらけの『誘い文句』なんじゃないか。

 大学進学前の春、豪より一足先に運転免許を取得した巧はレンタカーのハンドルを握りながら自分の考えを口にする。

「別にただの家のメンテナンスなら業者に頼めばいい話だし。……そんな言い訳作ってまでおれと一緒に過ごしたかったんだ」

 口の端にちょっと笑みを浮かべてみせれば、ぶすりと唇を尖らせた豪が窓の外へと顔を向けていた。

「別荘の話はほんとじゃ」
「掃除の話も?」
「掃除は……した方が、ええと思う」
「しなくてもいいんだ?」
「たーくーみ」

 子供みたいなふくれ面が可笑しい。声を上げて笑うと「ちゃんと集中して運転せえ」と注意された。

 はいはい、と肩をすくめてフロントガラス越しに前方を見つめる。

 延々と続くように思われる高速の渋滞。道のりは長い。高速を降りられるまでに2時間以上はかかりそうだ。

「初めて聞いたんだけど」

 巧が言うと、豪が尋ねてきた。

「何がじゃ?」
「別荘の話。おまえとは中学からの付き合いだけど、そんなこと一言だって言わなかっただろう」

 ちらりと視線を向ければ、苦笑が浮かんでいた。

「言う必要なかったし。それに新田みてぇな田舎で別荘持ちなんて、周りから浮くだけじゃろ。黙っといた方がええかなって思うとった」

 おれもな、と助手席で伸びをして豪は続ける。

「野球始めてからは練習、練習で、おまけに勉強まで入ってきたから実は行くのめちゃくちゃ久しぶり。叔母さん一家は休みごとに行っとったみたいじゃけど」

 豪の話を黙って聞きながら、少しでも早そうな流れへと車線変更する。初めてにしては、なかなかのハンドル捌きのはずだ。

 周りからは少し迷惑そうにクラクションを鳴らされたのは気にしない。

「……強引さは運転にも出ます、ってとこか」

 呆れたように豪が言ってきた。

「ぼけっとしてるから割り込まれるんだろ。で、どんなとこ?」
「別荘か?」
「他に何の話があるんだよ」

 うーん、と豪は首を捻ってスマートフォンを取り出し画面を操作する。

「写真は……ねぇな」
「山の方だっけ?」
「そうそう。ええとこじゃ。木がたくさん生えとって……庭もあったな。あとかなり広い」

 新田にある豪や巧の自宅も、都会の住居に比べたらだいぶ広い。そんな家を毎日見ていてなお『広い』という形容詞が出てくる辺り、本当に広い別荘なのだろう。さすがは開業医の息子だ。

「楽しみにしとくよ」

 巧は言った。

 豪がうなずく。

 言葉が継がれるまでに外の景色がかなり流れた。

「……初めてじゃろ、こういうの」
「え?」
「どっか旅行行くの。2人だけで」
「そうだな」

 風が、下げたウインドウの隙間から流れ込んできて巧の髪をそよがせていく。

「だから……家の手入れは口実に使わせてもらいました」

 隣でおどけたように言う気配がする。バックミラー越しに見た照れくさそうな笑顔に胸の奥がきゅっとしたのは内緒だ。

「……普通に別荘行こうって誘えばいいのに」
「そんな下心丸出しなこと言えるか」
「あるんだ、下心」

 ここぞとばかりにからかってやれば、うるせぇと頭を小突かれた。


◆◆◆


 朝に出発して、現地に到着したのは昼過ぎのことだった。途中サービスエリアで昼飯を食べてから高速を降りて車を走らせること1時間ほど。

 くねくねと曲がりくねったアスファルトの道に沿って山の中腹辺りまで上っていった。木々が生い茂る森のような敷地の中、建っていた建物。

 駐車スペースに車を止め巧は外に出たけれど、長時間の運転で強張った身体を伸ばすのも忘れた。

「なんだ……これ」

 目の前に建つのは、白木造りの二階建て家屋。こげ茶色の切妻屋根は周囲の風景に溶け込んでいて、まるでここがどこか異国の地のような雰囲気を醸し出していた。木々に囲まれているせいか、気温は山の下よりも若干肌寒い。

 そしてそびえるとにかくでかい建物。外壁に並ぶ緑の葉を映しこんだ窓の数からは部屋数の多さを容易に想像できたし、広々としたフロントポーチに出迎えられて圧倒される。

 ポーチ脇の巨木の枝からは木製座面のブランコが下がっていた。手作りだろうか。

「じゃから、別荘」

 何事もないかのようにさらりと言って、2人分の荷物を持った豪がポーチの階段を上っていく。鍵を差し込みノブを回すと少し軋んだ音を立てて扉は開いた。

「蝶番、油差しといた方がええかもしれんな……。ほら、巧。早よ入れや。ドア開けっ放しにしとくと虫が入るんじゃ」

 促されるままに中へと巧は足を踏み入れると後ろ手に鍵を閉めて靴を脱いだ。ダークブラウンの色をした廊下へと上がれば足の裏で木の床板が鳴る。室内の空気は湿っていて若干埃っぽい。しばらく使われていない気配から、なるほど『掃除が必要』という言葉は単なる口実ではなかったようだ。

「まずは荷物置きに行くか。部屋、案内するからついてこい」



 話を聞けば、この別荘は6LDKの間取りだという。トイレ・バスルームは1階と2階に1つずつ完備されているらしい。

 巧が豪と使うことになったのは1階の一室で南向きの明るい部屋だった。レースカーテンのかかった出窓から差し込む木漏れ日が綺麗だ。ダブルサイズのベットの他に家具はベットサイドの小棚だけで、シンプルな空間は広々として見えた。実際広いのだけれど。長期間留守にしているせいか、ベッドからマットレスは取り外され木の骨格がむき出しになっている。

 出窓の枠に手をかけて巧は外の景色を覗いた。玄関側とは逆向きの方向らしく、来たときにはわからなかったが裏庭があるのを発見する。

「荷物、ベッド脇に置いておくからな」

 声をかけられたから頷いて返した。

「すげえな。こんなとこガキの頃から来てたんだろ」

 まあな、と苦笑する気配。両開きの窓を開けたら「ちゃんと網戸付けろよ」という指示が下った。やはり山の中だけに入ってくる虫は多いらしい。ウォークインクローゼットの扉を開閉する音がして振り返ると、豪が中からマットレスとシーツのセットを取り出しているところだった。慣れた手つきでマットレスを敷き、その上にシーツをふわりと被せる。

「庭でバーベキューとかやったこともあったな。あと山下りたとこにパン屋があってな、そこで親父が朝焼きたてのパン買うてくるんじゃ。それがほんまに美味くて」

 巧は思わず噴き出した。

「豪、おまえ、食い物のことしか覚えてないのかよ」
「そんなことねぇって」
「豪ちゃん食い意地すごいもんな」
「食べ物だけじゃねぇよ。従兄弟と隠れんぼして遊んだこととか……トンボを虫かごいっぱいに集めてきて家ん中で放したりとか。楽しかったで、色々」

 軽くシーツを伸ばしてベッドを整えた豪がそう言って近づいてきたから、ふぅん、と巧は返し身体の向きを変えて出窓の枠にもたれるような格好で腰掛けた。豪が隣に立って、目を細めて外を見つめる。

「ほんま、懐かしいな」

 呟き、巧の方へと向けた視線が合って沈黙が流れる。

「……変な感じじゃ」

 手が伸びてきたかと思うと前髪をつままれた。そのまま指先を差し込んでくしゃりと掻き回してくる。なんだよ、と巧は苦笑した。

「家族以外のやつとここ来るなんて、全然思ってもみんかった」
「そうか」
「うん」

 上体が軽く屈められて唇が重ねられた。

 しばらくの間を置いて、離れる。

「一緒に来てくれて、ありがとおな」

 微笑む顔を、今度は巧から引き寄せて口づけを返していた。戯れみたいに軽いものを繰り返しているうちに、どちらからともなく口が開いて舌が絡まり合う。

 唾液の混じる微かな音と2人分の息遣いだけが響く室内にぞくぞくした。

「部屋……掃除せんと」
「後でいいだろ」

 息継ぎの間にそんなやり取りを交わせば、豪の唇が首筋へと下りていく。強く吸われて跡になるだろうなとか思っているうちに着ていた衣服がひん剥かれたのが始まりの合図だった。


 自身のものに絡み付くぬめりと熱。

 止まることなく動かされる舌の動きが、巧を高みへと一気に押し上げようとする。

「んっ……豪、も、やば……いって、」

 ぎゅっと拳を握りしめて快感の波をどうにかやり過ごそうと出窓に腰掛けた巧は荒い息をつく。力が入りすぎたせいか、尻の下で木枠が軋んだ音を立てた。

 巧のものへと身を屈めていた状態から豪が顔を上げた。

「早いな?」
「う、るさい」

 喋る息が当たっただけで感じてしまう自分がなんだか悔しい。

「久しぶりなんか?」

 つと裏側を指先で辿られて身が震える。

「あ……たりまえだろ。1人で、こんなこと、」

 自分に熱を与えることができるのは豪だけで、他に誰もいやしない。こんなみっともないところを晒すのも、豪だけだ。

 言葉にすることはなかったそんな巧の心の声を汲み取ったかのように、豪がちょっと笑って再び巧の先端を口に含む。軽いキスを繰り返し、それから大きく飲み込んだ。再開される頭の動きに中途半端で留まっていた熱が巧の中でうねり始める。

 突っ張るようにして片手を窓枠について身体を支えた。もう片方の手は拳を作って口元に。くぐもったうめき声が漏れる。

「ご……う!出るから、はな、せ」
 返事の代わりに身体をぐいと引き下げられて腰掛けた体勢がずり落ち窓に腰でもたれかかるような格好になった。咄嗟にまだ服を脱いでいなかった豪の肩に手をつくと、豪の空いた手が巧の後ろの秘部に触れてきた。指が入り口の周囲でくるりと円を描いて中にそろりと侵入してくる。

 優しいけれど容赦ない手つきに踏み込まれてぐずぐずに蕩かされていく。

 浅いところを掠めて刺激を加えられ、膝ががくがくと震えて力が抜けそうになった。息ができない。

「や……あ、う、ごうっ……!」

 目の前が白くなったかと思った。

 掠れたうめき声が漏れて腰が浮く。射精を促すかのようにきつく咥えられて、巧は豪の口の中に熱を吐き出し脱力感に襲われる。

 豪が見せ付けるように喉を鳴らして飲み込んだ。

「ごちそうさまでした」
「……えろい」
「今さら何を言うとるんじゃ」

 中に入り込んだままだった豪の指に不意打ちで開かれてのけ反る。後頭部が窓ガラスを掠めた。

 鼠径部から太股へと一旦辿った豪の唇が、今度は上へと這い上って腹を通り過ぎ胸へと向かった。既に反応して膨らんでいた突起を口に含んで舐める。指で唇で舌でさんざんなぶられ転がされて。下を弄る手も止めることなく。敏感なところを何度も触れられて、もう限界と思ったところでもう一度重なる唇が熱かった。

 縋りつくように豪の身体にしがみつけば、脚を押し広げられた。

 固いものがあてがわれたと思った次の瞬間。

 下から衝撃が突き上げてきた。

 頭がくらくらする。キスにまで意識が回らなくて口の中を蠢く舌にされるがままだ。

「う……あっ、あ、ご……うっ!」
「たくみ、っ!」

 切羽詰まった様子の荒れた息遣いが耳の中に吹き込まれた。

 がくりと巧の膝が折れたところで豪が太股を掴んで抱え上げてくる。足が床から浮き自重で奥まで一気に満たされ目の奥がちかちかした。

 豪が一歩ずつ踏み出すたびに振動で深くなる繋がりに掠れた悲鳴が漏れたけれど、すぐに唇を奪われ呑み込まれた。

 先ほどシーツをかけたばかりのベッドに横たえられる。ひんやりとした布地の感触に安堵を覚えたのも束の間だ。角度が変わったせいで腹側の内部が抉られて身を捩ったけれど、すぐに腰を両手で掴まれて引き戻された。

「綺麗じゃ……巧」
「ば、か……ああっ!」

 何度も何度も揺さぶられて、意識が溶けていく。乱れた呼吸の合間に、巧、と名前を呼ぶ声が聞こえた。

 溺れてしまいそうな心地に襲われて、手を伸ばせば手のひらに落ちるキス。

 指を広げられて指先が絡まった。片手がシーツに縫い止められて、覆い被さってくる熱に包まれる。

 その素肌に触れられないのがもどかしくて、豪が着ていたTシャツの裾に空いている手を潜り込ませて上へと力なく引っ張った。

「豪も、……ふっ、あっ、あ……脱げ、って」

 休みなく突かれて喘ぎ混じりに言えば、目の前の顔から余裕がなくなるのが目に見えて分かった。

 膝の裏を掴まれ押し倒されて。

 このまま境界がなくなって1つに混ざり合えるんじゃないか。

 そんなことを、本気で思った。


◆◆◆


 寝室に差し込む日の光の角度がすっかり深くなったころ。

「せっかくかけたのに、ぐしゃぐしゃになっちゃったな」

 汗やら体液やらで汚れたシーツにくるまって巧は呟いた。だるくて重い身体を後ろから抱きしめてくる温もりが心地よい。

「シーツなら替え何枚かあるし大丈夫じゃろ……」

 そう言って豪が眠たげな欠伸を漏らす。肩口にすり寄せてきた額を、手を伸ばして巧はゆさゆさと揺さぶった。

「おい、豪、寝たいのはおれなんだけど。運転疲れたしおまえに襲われるし」
「誘うてきた巧も悪い」
「だって久しぶりだったし」
「身体は?辛うないか?」
「それ、今更」

 う、と豪が怯む気配がする。事が終わった今となっては、がっつきすぎたという自覚はあるのだろう。

 豪は『巧の体調』に弱い。巧は少し笑うと豪の頭を軽く叩いた。一糸纏わぬ姿のまま起き上がる。

「風呂、案内してよ。汗とか流したいから」
「一緒に入ってええ?」

 予想通りの物欲しそうな口調に巧は笑みを深くせずにはいられなかった。





 2人のゴールデンウィークは、まだ始まったばかり。
 

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