豪巧の部屋

□にゃんこDay R-18
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 2月22日。

 高校入試を控えた中学3年の冬。

 休日だったが、豪は朝から暖房の効いた自室で勉強机に向かっていた。両親は親戚の法事で出掛けてしまっており早朝からいない。戻るのは明日の夕方頃と聞いていた。

 このページを終えたら休憩入れるか、と伸びをしてから再びシャーペンを手に取ったその時だった。

 ピンポン、とインターホンが鳴らされる。窓から眼下を見下ろすと玄関口にコートのフードを目深に下ろした巧が立っているのが見えたから、急いで豪は階下へと向かった。数秒後、とんでもない話を聞くことになるなんて微塵も予想せずに。





 頭の上で時折ぴくぴくと動く一対の耳。茶色の短い毛に覆われている。腰の辺りから長く伸びた尻尾は耳と同じ色をしていて、宙でゆらゆらと揺れていた。

 部屋のちゃぶ台の前で座り麦茶を飲む巧を、思わず豪はまじまじと見つめてしまう。

「なんだよ」

 遠慮のない視線が居心地悪いのか、巧が鋭い眼差しを向けてくるけれど猫耳と尻尾のせいで威力は半減だ。

「いや…ほんまに猫じゃな、と」
「…人が困ってるのによく呑気にしてられるよな」

 巧が仏頂面で麦茶に口を付ける。

 巧いわく、朝起きたらこのような状態になっていたらしい。家族に見られるわけにもいかず、とりあえず豪の元に来たようだ。そんなときに選ぶ行き先が自分であることに、恋人としてちょっとした優越感を豪は抱いてしまう。

「…こういう病気かなんか、ないのかよ」
「いきなり猫になる、って?いやぁ、知らんなぁ」
「医者の息子だろう。何か思い当たることとか」
「おれんち、小児科と内科て言うたじゃろ。猫人間は専門外。獣医でもあるまいし。…まぁ耳と尻尾以外に困ってることもなさそうじゃけん、とりあえず様子見てみようや。親2人とも今日は戻ってこんし」

 眉をひそめた巧は不服そうだ。大きく揺れる尻尾がぴしゃりと床を叩く。尻尾のおかげで感情が手に取るように分かる。便利だ。

「…わけ?」

 声が小さくて聞き取れなかった。え?、と豪が聞き返すと巧はふいと視線をそらす。でも耳はこちらに向けていて。

「…気持ち悪い、とか、思わないのか」

 思ってもみなかった質問に豪はきょとんとした。

「え…?いや、全然。巧は巧じゃろ。むしろ可愛ええな、ておれは思うけど」

 ぴくぴく。
 ぴんと立てた耳が動いて巧がちらと視線を向けてくる。

「なんだそれ」

 そう呟いて呆れ気味に小さく笑った。

 つられて豪も笑う。 

「そのまんまの意味じゃけど」

 身を乗り出して軽く頬に口づけると尻尾がぴんと立って耳が少し伏せられる。新鮮な反応に、好奇心がくすぐられた。耳へと手を伸ばしてみる。巧が身を強張らせた。

「駄目か?」

 問えば答えるまでに少しの間があった。

「嫌じゃ…ないけど」

 まず頭に手を置いて、それから耳の付け根へと指先を滑らせる。つやつやとした毛並みにおそるおそる触れるとぴくりと動きがあった。

 なんか、面白い。

 頭に生えた耳を優しくつまむようにして触ると、本物の猫のそれのようで。温かくふわふわとした毛が心地よい。

 そういえば、と豪は口を開いた。

「今日って猫の日らしいぞ。朝のテレビでやっとった」
「は?なんで?」
「2/22。2が3つで『にゃんにゃんにゃん』て読むらしい」

 巧が噴き出した。

「なんじゃ、巧」
「いや…豪が、にゃん、とか言うと…結構可笑しい」

 くつくつと肩を震わせる巧。

 今度は両手で両耳に触れてやると身をすくめた。本当の猫にするように生え際のところを丹念にかりかりと掻けば、気持ちが良いのか目を閉じて頭を手にすり寄せてくる。今にも喉をゴロゴロ鳴らし始めそうだ。

 見ることの少ない甘えた仕草。

 豪はごくりと生唾を呑み込んだ。

 巧、と呼べば目蓋が開いてとろんと緩んだ眼差しが覗く。

 我慢できずに唇に唇を重ねた。角度を変えて柔らかい表面を味わうこと数度。閉じられていた口が開いて舌が催促するように豪の下唇を舐めてくる。

 それを拒む理由なんて当然なくて、誘う舌を舌で絡めとって引き込んだ。頭に置いていた手を下へと下ろして頬を支えつつ、鋭角的な顎のラインを辿った。豪のトレーナーの前身頃を掴んでいた巧の手が急いたように背中へと回るのを合図に、豪は服の裾から手を滑り込ませる。

 既に熱を帯びた皮膚が手の平に吸いついてくるような心地にくらりと眩暈がしそうになった。

「ええの?」

 繋いだ唇を一度離して訊いてみれば無言のまま再び唇を押し付けられて。

 それ以上訊くような野暮な真似はせずに巧の身体を抱え上げてベッドへと沈み込んだ。

 





 猫は耳と尻尾が弱いと、どこかで聞いたような覚えがある。

 それがまさか猫化した恋人にも適用されるなんて知らなかったけれど。


「やっ、だって!ごう…っあ!」

 耳に息を吹きかけ、尻尾の付け根のところから真ん中を手で握って滑らせるだけで呆気なく巧は達した。

 弛緩した尻尾がだらりとシーツに横たわり、膝の上で抱えた上体の重みがもたせかけられる。

 ふーっふーっ、と荒い息遣いが耳元で聞こえた。

「…ほんまに猫みてぇ」

 呟くと身体が起こされた。

 艶やかな、と表現するのが相応しいような笑みが口元に浮かんでいる。

「…なぁ、豪」
「なんじゃ、巧」

 つぅ、と細く長い指先が豪の首筋を辿って胸板を下りていく。

「猫って発情期があるらしいぜ」
「…そうか」
「おれも今そうかも」

 頬を寄せられて熱い吐息が耳の中に吹き込まれる。
 
 豪が欲しくてたまんないんだけど。

 身体中がかっと熱を帯びた気がした。理性が焼き焦がされて、衝動のままに巧の身体をベッドへと押し倒す。抗議の声を上げたのはスプリングだけ。太股を掴んで腰を突き動かせば、締まった内部に受け入れられて思わず呻きが漏れた。

「…よ、ゆう、ない顔」
「誰のせいと思うとるんじゃ」
「はは…だよな、っあ!んんっ…」

 ぎりぎりのところまで抜いてから、再び突き入れれば喉が沿って茶色の毛に覆われた耳がぴくぴくと痙攣した。尻尾が大きく動いては、ぱたりとシーツに落ちる。

 両頬を掴まれて引き寄せられた。巧の顔の脇に肘をつき腕で囲むようにしてキスに応えた。熱い口内へと舌を進入させると唾液が掻き混ざって音を立てる。舌を吸い上げれば後ろが締まって快感を煽られた。

 深く深く、境目がなくなるくらいまで。

 息を継ぐ合間に漏れる喘ぎと呻きの調べと共に、幾度となく高みへと押し上げられる豪だった。




 日が沈む頃には耳も尻尾も綺麗に消えてしまっていて、巧は満足そうだったが豪はとても残念に思った。せめて写真の一つでも撮っておけば良かった、なんてことを考えたのは秘密である。

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