豪巧の部屋
□ちょこれいと騒動
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2月14日。
全国の男子が浮き足立つ日。
そしてそれは新田東中も例外ではない。
巧が部室で着替えている背後で、派手な音を立てて扉が開いた。
「は、は、原田!お前、ほんとか!?」
息を切らした吉貞が叫ぶ。
巧は振り返らず練習着の袖に腕を通した。
「嘘だ」
「原田のアホ、まだおれ何も言うとらんじゃろう」
「聞く必要ない」
ばっさりと切り捨てる言い方に、隣で沢口がくっくっと肩を震わせる。
はぁー、とため息の後に吉貞はわざとらしく咳払いをした。
「原田くん、クラスメートの矢島さんに告ったっちゅうのはほんとですか?」
部室が静まり返った。その場の部員の目が巧に注がれている。
眉をひそめて振り返った。「してないけど、なんで」
嘘つけぇ!、と吉貞は得意顔だ。
「杉本が話しとったぞ、『おれ、矢島の本命チョコが欲しい』って原田が言うてたって」
えっ、と声にならない声が部室内に漏れた。
「そんなこと言ってねえよ…。『義理チョコはいらない』とは言ったけど」
「やっぱり言うとるじゃねえか!『矢島、おれはお前の義理チョコなんかいらねえ。お前の愛がこもった本命チョコが欲しいんだ』とか言って『原田君…、そんなに私のことを思ってくれていたのね。今まで気がつかなくてごめんなさい』って矢島が言って『いいんだ、矢島。これからおれたち…』ーうぎゃあ!」
「皆遅えと思うたら、何やっとるんじゃ、ヨシ。あと三分で部活始まるのに着替えてもおらんし」
部室に入ってきたキャプテンの東谷に思い切り頭をグラブではたかれ、吉貞がその場にうずくまる。
「早うせえよー、冬は練習時間短いんじゃからな」
そう言い残し、部室を出て行く。はいっ、と1年生の声がそろった。
「すっかりキャプテンじゃなぁ、ヒガシ」
そう言う沢口はにこにことしていて、どこか誇らしげだ。それから巧の方を向く。
「後で今の話の真相、教えてな。じゃねえと、メリーさんとこ連れてくからな」
「それは勘弁」
にやっと笑って沢口が部室を出て行く。巧も床に伏したままの吉貞の横をすり抜け、沢口の後を追った。